21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

高温多湿の中で、「虐殺器官」を読んでいる

本物のモンスーン気候の中ではとうてい生き延びられない。最近の高温多湿な日々にはそんな気分にさせられる。

なにも読みたくないし、なにも見たくない。だからといって、冷房漬けだと、身体中が、腐敗していくような気がする。

だいたいが、街を歩き回ることが、代謝循環の中心にあるような人間だから、こんな、散歩に不向きな気候は、致命症になってしまう。

珍しく、iPodしか持たずに、外出することが増えた。街のカフェでPCを開く、映画館に入る、本屋で立ち読みする、地下鉄で本を開く。そういった日常的行為のすべてを想像することだけで疲労感いっぱいになってしまうからだ。

コルトレーンのGiant Stepsばかり聴いている。あの閉域を一気に埋めようとする強迫的加速感だけが、この湿気だらけの環境からぼくを解き放ってくれるような気がする。

それと、読みかけになっていた、伊藤計劃の「虐殺器官」の中のこんな文章。近未来の政府の暗殺チームのテクノロジー描写がいい。

「 ぼくらは手近な廃墟に隠れると、それらを地面に埋めて隠し、侵入の段取りを確認しあった。体に名のコーティングをスプレーし、敵から奪ったショルダーポーチに隠した端末を操作して、環境追随明細のソフトウェアを起動する。偽装アルゴリズムによって生成されたカモフラージュパターンのグラフィックは、対内の塩分を伝道してデータ転送され、服や装備に吹きつけられたナノコーティング層がそのデータを表示する。

 一瞬のうちに、ぼくらは廃墟の弾痕だらけの壁に、完全に溶けこんでいた。

(略)

数分にわたって体を密着させているうちに、元准将の第一種軍装の色を、その色とりどりの勲章を、ぼくの体の迷彩が追従しはじめた。まるで相手の狂気がぼくの体に乗り移ってくるように思え、背筋を冷たいものが這い登ってきたが、相手の腕を決めつつ喉許に刃を突きつけているこの姿勢ではどうしようもないことだった。」

惜しくも夭逝された伊藤氏の、才能がこういった細部描写の中に過剰に詰め込まれている。閉域を疾走する彼の筆致にしばし不快な湿度を忘れている。