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水島治郎「ポピュリズムとは何か」(トランプのアメリカ)

2017年2月14日(火)9℃ くもり時々晴れ

 

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日米首脳会談で日米同盟の安定化が確認できれば、為替はドル高に進むというのが市場のもっぱらの読みだった。開けてみれば、思ったほどのドル高にはなっていない。日米安保の確認ができたことは好感しているが、今後の日米交渉が、必ずしも、日本にとって有利に働くとは限らないという市場のリアリズムを示しているのだろう。

 

別の見方をすれば、首脳会談の間中、トランプ氏の発言が抑制されていたため、市場はここ数日間のトランプ氏を本当の姿だとは思っていないということかもしれない。

 

ところで回りを見渡すと、ポピュリズム、ポピュリスト政治という言葉のインフレが起こっている。世の中が少し落ち着いているうちに、一度、頭の中の整理をしておきたいと思った。

 

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オランダ政治史の専門家の水島治郎さんの「ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か 」(中公新書)は、世界のポピュリズム動向、とりわけ専門の欧州のポピュリスト政党の躍進のロジックを生き生きと伝える好著だった。

 

 

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水島さんによるとポピュリズムには二つのタイプがある。

 

一つ目は、「固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル」としてのポピュリズムで、もう一つは、「「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」としてのポピュリズムである。

 

一つ目のポピュリズムは、先進国における、既存政党及び、既存政党との協調の中に取り込まれているポピュリスト政党の政治的スタイルだ。これは野党、与党を問わず、私たちが日々さらされている現象である。

 

これに対して、彼は、その協調主義の枠組みの中からはみ出して、新しい政治勢力として台頭している二番目のポピュリズムに注目している。

 

すなわち、現在、私たちが気にしなければならない、ポピュリズムとは、「政治変革を目指す勢力が、既成の権力構造やエリート層(および社会の支配的な価値観)を批判し、「人民」に訴えてその主張の実現を目指す運動」なのだと。

 

引用されているフランスの思想家ツヴェタン・トドロフの指摘は面白い。

 

ポピュリズムとは伝統的な右派や左派に分類できるものではなく、むしろ「下」に属する運動である。既成政党は右も左もひっくるめて「上」の存在であり、「上」のエリートたちを「下」から批判するのがポピュリズムだ』

 

トランプ革命の中で、私たちは既存の政党の枠組みの内側から、枠組み自体を食い破るポピュリスト運動という、難度の高い応用問題を目撃した。極右の過激主義とも、レトリック的には急接近しながら、ぎりぎりの線でスウェイバックする、トランプ流の「頭脳的?」ボクシングに世界中が眩惑された。

 

ここで、私たちが注意すべきポピュリズムは、民主主義を基本的に前提としているものなのだということは強調してもしすぎるということはない。彼らは、その前提のもと、代表者たちへの不信を最大限あおることによって間接民主主義(代表制民主主義)に攻撃を加えるのである。

 

政党や団体の外側で、むしろ、既存政党に代表される広い意味でのエスタブリッシュメントを攻撃することで、無党派層の支援を獲得するという選挙戦略が有効であることがトランプ革命によって世界的に証明された。

 

ポピュリズムが手ごわいのは、デモクラシーに内在する矛盾を示しているからだと水島さんは言う。

 

『現代デモクラシーを支える「リベラル」な価値、「デモクラシー」の原理を突きつめれば突きつめるほど、それは結果として、ポピュリズムを正統化することになるからである。』

 

そしてポピュリズムの中のラテンアメリカなど不平等が支配的な地域における解放の論理と、先進国で支配的になってきているその抑圧の論理を明らかにすることで、欧米のポピュリズムに深く切り込んでいる。

 

欧州のポピュリズム政党の観察、分析の中でも、彼の専門のオランダやスイスの動きが鋭く、興味深かった。

 

欧州のポピュリズム政党は、今、失業率の増大と移民流入による治安の悪化への一般国民の不安を、反イスラムという形で民心の糾合に利用していく様子を露わにしていく。民主主義の価値を守るという旗のもとでのイスラム批判だ。

 

『これらのポピュリズム政党は、近代西洋の「リベラルな価値」を前提とし、政教分離や男女平等を訴えるとともに、返す刀で「近代的価値を受け入れない」移民やイスラム教徒への批判を展開している。いわば近代啓蒙主義を受け継ぐものとして「リベラル」を称し、そのリベラルな価値を突きつめることで移民排除を訴える、という論法をとっている。そしてこのことが、極右に賛同できなくとも移民問題には関心を寄せる有権者へのアピールにつながり、選挙での伸長をもたらしている。』

 

さらに、世の中の思い込みとは異なり、国民投票というメカニズムで、ポピュリズム政党が台頭しているスイス国民党のキャンペーンポスターを巡る分析は、今後の私たちの政治状況を占ううえで極めて重要な、「隠れトランプ支持者」という心理メカニズムに注目することで、私たちの、内なるポピュリズムを露わにする。

 

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『このポスターには、「安全を確保しよう」という標語とともに、スイス国旗の上にいる白い羊が、黒い羊を後ろ足で蹴って国旗の外に追い出す絵がが掲載されていた。羊というスイスを象徴する動物を用いつつ、外国人を社会不安や犯罪と結びつけたうえで、彼らをスイスから排除しようという主張がこめられていることは、見る者には明らかだった。しかも白い羊が三匹、黒い羊が一匹という構図は、人口の約四分の一近くが外国人である水死の現状を意識して配置したかのようであった。

 

(中略)

 

よく見ると、黒い羊を蹴って積極的に追い出そうとしている白い羊は、一匹にすぎない。ほかの二匹の白い羊たちは、われ関せずといった表情で、この黒い羊の追い出し劇から距離を置いているように見える。

 

しかしより重要なことは、ほかの二匹の羊が、無関心を装うことによって、黒い羊の追い出し劇を事実上支持し、そして自分が手を(足を?)出さずに済んでいることに内心ほっとしているのではないだろうか。』

 

安倍首相は、記者会見で、トランプ大統領の入国禁止令についてのコメントを求められて、ノーコメントと答えた。そのスタンスをそのままに批判することも、そのまま肯定することもできない。隠れ○○支持者というのは、まさに私の中にある心理にほかならないからだ。

 

それほどに、ポピュリズムの問題は他人事で済まされないのである。