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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

トランプのアメリカ:金成隆一 「ルポ トランプ王国」 (岩波新書)

2017年2月6日(月) 14℃ 晴れ

 112.438 ¥/$

 

大統領選の取材を始めた日本人のジャーナリストが、自分が住んでいるニューヨークやワシントンなどの大都市で一切トランプ支持者を見つけられないう事実と、彼が地方のダイナーなどでインタビューする普通の人々がトランプを支持する言葉とのギャップに違和感を感じるところから、その取材は始まった。

 

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日本で大統領選を予備選、本選と眺めてきた私にとっても、トランプの驚くほどPolitical Incorrectどころか、まともな人間としてどうかという言葉遣いに日々さらされて、毀誉褒貶はあるものの、きちんとした政治家としての論理だった議論のできるヒラリーが結局は圧勝するのだろうと思いこんでいた。

そしてそれが大勢を占める意見でもあったのだ。

 

ただソーシャルメディアで大統領選の行方をアメリカ在住の友人たちと話し合う中で、トランプのひどさに匹敵するほど、クリントン夫妻への嫌悪感が強かったということに軽い驚きを感じ続けたのも事実だ。それと対になっていたのが、ヒラリー絶対優位を報じ続ける、ニューヨークタイムスなど大手メディアに対する懐疑的な言葉だった。

それでも、こんな暴言王をアメリカ人が自らの大統領として選ぶとは到底思えなかったのである。

 

しかし、本選に入ってからの大統領候補同士の討論のライブ映像を見ていて、きわめて印象に残るシーンがあった。

 

ソーシャルメディアタブロイドで随分叩かれたcreepy grandma' grin(気味悪い婆さんの笑い)である。

www.dailymail.co.uk

 

トランプの暴論を嘲笑する独特のヒラリーの表情に、なぜ彼女が、超一級の政治家としてのキャリアを持つ、女性初の大統領候補ということにもかかわらず、ここまで男女問わず嫌われるのかが少しだけわかった気がしたのを思い出す。

 

大都市中心の大手メディアの報道と、それに影響を受けること著しい日本のメディアを通じたならば、一部の白人至上主義やレーシストや、プアーホワイトを中心とするDeplorable(惨めな人々)としてひとまとめでイメージ操作されていた、トランプ支持者たちの肉声をこつこつと集めた記録、

それが朝日新聞のニューヨーク特派員の金成隆一の「ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く」(岩波新書)だ。

 

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金成氏の実感は二つの意味で正しかった。ニューヨーク、ワシントン、ボストン、ロサンゼルスのような大都市は間違いなく「トランプを拒絶」したのである。ただ自らの足で歩き、有権者の声を直接に聞いた、彼はもう一つの事実を発見するのである。大都市以外は、トランプを熱狂的に支持したことである。

 

しかも、リベラル系の評論家の悲鳴のようなトランプ支持者に対する批判の中で描かれているイメージとは違い、ヒラリー・クリントンがニューヨークの資金集めの会場で集まるセレブと一緒にDeplorable(惨めな人々)として嘲笑するような、おかしな人々ではなかったのだ。彼らは、まじめに働けば、報われるというアメリカンドリームを信じたいと切望する中間層なのであり、その中間層から転げ落ちることに恐怖を感じている、教育ローンの返済のまもなく、給料の良い職を失った人たちだったのである。

 

長年の民主党の牙城にもかかわらず、今回、トランプがどんでん返しで大統領本選の方向性を一気に変えたオハイオで、トランプに投票した元保守的民主党支持者(48)のこんな言葉を、民主党のエリート層や大手マスコミは見過ごしていたと言わざるを得ない。

 

オバマ大統領にもヒラリーにも、「あなたに必要なことを、私はあなた以上に知っている」という姿勢を感じる。私はそれが大嫌いです。』

 

オバマケア(医療保険制度改革)への多数の反対を押し切っていった、オバマ政権に対して、彼はこう批判する。

 

『「政府の方がものごとを深く知っている」という姿勢に、私は社会主義全体主義に通じるものを感じるのです。今の民主党は急進的に左に傾きすげている。リベラル勢力が民主党を乗っ取ってしまったのです。』

 

そして彼の次のがトランプ現象というものの本質をシンプルに表現している。

 

『私が指導者に求めていることはシンプルです。まじめに働き、ルールを守って暮らし、他人に尊敬の念を持って接する。そうすれば誰もが公正な賃金を得られて公正な暮らしが実現できる社会です。ビジネス界でやってきたトランプに期待したいのです。』

 

同じオハイオ州で、大学で広告やデザインを学んだがまともな給料の仕事が見つからず、二つ目の大学で航空管制の仕事を目指す、教育ローンを800万円も背負い、フェンス工場でのDead-end Jobを続けている、シングルファーザー(38歳)のこんな言葉。

『彼はオバマと正反対で下品な奴だ。でも、思っていることを正直に言う。これが魅力なんだ。もちろん、正直に言いすぎるから、海外との関係を壊してしまう心配もある。でもね、この地域のためにできることなんて、誰が大統領になってもほとんどない。だったらトランプみたいな男に4年間限定でやらせてみるのもいいんじゃないかと。一度やらせてみて何ができるのかを見てみたいという気持ちだ。この地域に大きな変化が必要だから。』

 

自分たちのことをDeplorableと笑い合うトランプ支持者たちがヒラリーを絶対に許せないと思った発言を述べるこんな部分。

 

『「おおざっぱに言ってしまえば、トランプ支持者の半分は、私が「惨めな人々のバスケット」(the basket of deplorables)と呼ぶ場所に入れることができます」。会場からは笑い声と歓声があがり、クリントンが「そうでしょ?」と言うと、賛同を示す拍手も起きた。トランプ支持者からは、クリントンが惨めな自分たちをマンハッタンの金持ちの前で笑いものにした、と受け止められた。』

 

多くのインタビューの中でのラストベルトの普通の人々の中で浮き上がってくるのは、アメリカン・ドリームというものの崩壊である。

 

「誰にとっても生活が良く、より豊かな、より充実したものとなり、各人がその能力ないし達成に応じて機会を得ることができるような土地の夢」 (ジェームズ・トラスロー・アダムス)

 

そしてこれは普通の日本人の心の中に常に伏流する不安感とも共鳴しているのだ。

 

最後に、私、この小さな本の魅力の源泉は、オハイオ州東部の田舎町で、単身で達者とは言えない、英語で乗りこんだ日本人記者に、暖かく接し、自らの思いを語り続けた普通の人々と、彼らがよって立つ前提の事実の乖離、推論の過ち等を認識しながらも、彼らがそう発言せざるを得ない思いに寄り添う、金成氏の構えが生み出す、得も言われぬ暖かい血が通う交流にあるのだと思う。

 

左、右にかかわらず、その人間がその存在をそのままに語る言葉に向き合うことのできるジャーナリズムというものの存在意義は大きい。それを実行しつづけることは難しい。しかし、それこそがジャーナリズムというものの持つ社会的存在理由の外ならないのだ。

 

そんな暖かく、その後、熱い、読後感を感じることのできる良書だ。