映画の時間:Before三部作、リンクレーターの奇跡
アメリカの芸術を考えるとき、非商業的活動というものの懐の深さを否応なく思い知らされる。21世紀のラジオであるポッドキャストの大波も、NPRなどの非営利の放送事業の存在があってのことである。
映画の世界でもインディーズと呼ばれる分野の厚みを痛感させられる。今回のオスカーで作品賞候補になったセッション(Whiplash)もサンダンス映画祭で発掘された作品である。
リチャード・リンクレーターを、インディーズというカテゴリーではもはや括れないが、その映画製作の根幹に、インディーズ魂のようなものが存在しているのは誰も否定できないだろう。
Childhood(6歳のボクが、大人になるまで。)は、そもそも12年間という時間軸での映画製作を構想した時点で、衝撃的な作品である。商業映画の世界でも既に一定の地歩を確立した彼ならではというところも大きいだろうが、こんな映画の製作を構想し、それを受け入れる映画人がいるということ自体の凄さを感じる。
そのリンクレーターはもっと長い時間をかけて、同じ時間の実験を行っている。
それがBefore三部作と呼ばれる作品だ。
派手ではないが、長く、静かな人気を保ち、インディーズ映画の代表作とも呼ばれるようになった。
1995年 Before Sunrise(恋人までの距離)
2004年 Before Sunset
2013年 Before Midnight
アメリカ人の若い観光客 Jesse(イーサン・ホーク)とパリの大学生Celine(ジュリー・デルピー)が欧州縦断列車の中で、偶然に出会い、意気投合し、ウィーンで下車するところから始まるのが、Sunriseだ。20代の若い二人が古都ウィーンの印象深い背景の中、自分たちの世界観や居場所(の無さ?)を抱えて、息もつかせず話し、街を彷徨するという映画だ。二人の俳優の若さが見事に輝いている。
溢れる感情と、現実感の中で揺れ動きながら、二人は6か月後、同じ場所、同じ時間で会うことを約束して、連絡先を交換することもなく別れる。スマートフォンもフェイスブックもツイッターもない世界の恋愛映画である。携帯前の世界を知るものは、当時の恋愛へのノスタルジー、携帯後の観客には、予め失われてしまったロマンへのノスタルジーを感じるのだろう。距離というものが今よりはるかに重かった時代の映画だ。
Sunsetは、9年後の二人のパリでの再会を描く。Sunriseの6か月後に何が起こったかも含めたそれぞれの時間の流れを、同じ時間、年齢を加えた二人の俳優が演じる。当然、30代になった二人の、人生の屈折などもあり、会話も、それぞれの人生を反映し、ロマンチックとだけは言い切れないものになっていく。
Midnightは、そのまた9年後。舞台はギリシア。いろいろないきさつの末に、一緒に暮らしている40代のカップルの、人生の痛みと疲れと、ある種の成熟が描かれていく。とりわけ、年上の友人たちとの晩餐の中で交わされる会話が、痛切に時間の過ぎるということの意味を伝えている。
三部作はそれぞれ単独でも面白い作品だ。しかし、絶対におすすめは三作を一気に観ることだ。人気シリーズ24のようなリアルタイム体験もいいが、5,6時間で、18年間を追体験できるBefore三部作は間違いなく、特権的な映画体験だ。