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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

ツイッターの功罪(3月18日(金)東京 午前6時12分)

朝4時ぐらいから、ラジオやインターネットで状況を確認するという習慣になった。今日は、地震発生から1週間。

長い1週間だった。

多くのことが短期間に詰め込まれて生じると、人間は時間の長さを感じるのだろう。

現時点の課題は
1 津波原発事故の影響で避難を余儀なくされた40万人以上の人々をどのように支援するか
2 継続中の福島原発事故からの放射線漏洩の問題を早期解決すること
3 被災地や、福島原発に3分の1近くの電力供給を依存してきた首都圏の計画停電などの緊急対応。
4 国民の中に深刻なパニックを引き起こさせないための努力

などだろうか。

とりわけ、日本人や外国人の不安心理が相互に増幅していくプロセスが昨日はハイライトされたような気がする。

英米の大使館の自国民に対するアドバイスの前提にある物事の見方と、日本政府の公式発表の乖離が、結果、日本政府の公式見解への信ぴょう性を揺るがした。

外国人が大量に出国していたり、外資系企業が関西に本拠地を移動させるなどという報道と、おそらくは東北地方の被災地からの関西地区への自主的避難の動きに伴う、新幹線の混雑という報道が、輻輳して、首都圏の人々の不安感を増幅していっている。すると首都圏に住む日本人の中で関西地区に実家のある人々で幼児などを抱える人々が、一種の里帰りを行う。

というような一種のスパイラルが起こり、それを反映して、ツイッターなどで、スポーツ新聞のヘッドライン的な形で、疎開論批判、楽観論批判の押収がなされていくというような心理的増幅が起こってくる。

昨日のツイッター、ラジオなどを眺めていて感じたのはそういった動きだった。

内田樹さんの疎開のすすめを池田信夫さんが批判したり、内田さんが応酬したり。

それぞれの意見を、じっくりと読めば、それぞれに一定の見識を持っているわけであり、十分な時間を経た議論があれば、共通点、相違点も明らかにできるのだろうが、ツイッター的な表層増幅装置が感情的応酬の部分だけをハイライトしていく。

ツイッターというものは普通のメディアではない。良いところも、悪いところも過剰になってしまう可能性が高い。

ぼくは朝、ツイッターのTLで多くのオピニオンの存在を確認する。ツイートに貼られたURLをたどって、そのオリジナルを読み、その発言が依拠するオリジナルをさらに辿るという作業をその後行っている。

当然ながら、ツイッター的なスピード感の中で受信、発信を繰り返すということはしない。

むしろツイッターという急流の中から、自分にとって価値のあるものを掬い上げて、岸辺でじっくりと吟味して、自分が情報の急流のなかに戻す意味のあるものだけをブログやツイッターを通じて発信することにしている。

今日は、海外政府の自国民へのアドバイスの動きをひきつづきフォローすることと、エコノミストやフィナンシャルタイムズなどイギリスのメディアによる、今後の日本、世界経済への影響に対するマクロ的な分析を読むことを始めようかと思っている。、