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経営者が直面する「身もふたもない事実」 ベン・ホロウィッツ「Hard Things]

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アメリカのトップベンチャーキャピタリストのベン・ホロウィッツが、自分の起業、経営経験をベースに書いたHard Thingsを読んでいる。

 

経営経験のない人が書いた本にはない、ハンパない切迫感がある。

 

 

HARD THINGS

HARD THINGS

 

 

破綻の瀬戸際で生き延びた元CEOが、きれいごとではない「きっつい事実」を率直に語ってくれる。経営の現場にいる人間にとっては宝物のような言葉で満ちている。

 

働き方改革などいうタテマエの言葉が流通しているが、企業の現場に近づけば近づくほど空語になっている。

 

なぜだろう。働き方改革によって「自分が失うものが多い」と考える経営者、社員が多いからだ。

 

しかし働き方改革は急を要している。人手不足によって倒産する会社は、外食や小売以外にも広がって行くことになる。

 

本当に生き延びていくためには、企業の経営者は、ホロウィッツが語る、身もふたもない事実を直視しなければならないのだろう。

 

キッツイ事実の引用を一つ。

 

『社員が会社を辞める二つの理由

  1. マネジャーが嫌い
    一般に社員は、自分が受けた指導、キャリア開発、そしてフィードバックのなさに愛想をつかしている
  2. 何も教えられていない
    社員が新たなスキルを身につけるため、会社は投資をしていなかった』

真実は身もふたもないが、案外シンプルなのだ。

いまそこにある未来;リンダ・グラットン「ワークシフト」

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リンダ・グラットンの「ワークシフト」は面白い本だ。働き方改革という名称の小手先、あるいは表面的な言葉が往き来しているが、グラットン女史を顧問に招き入れたぐらいには、現政権も本質に近づこうとしているのかもしれない。しかし問題は彼らが本当にこの本を熟読したかどうかである。

 

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この本の面白いのは、結論部分というよりは、未来を思考する際に用いる「ありうるかも知れない未来」を造形する描写力だ。

 

ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>

ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>

 

 

 

2025年、テクノロジー会社に勤務するジルの生活を克明に描き出している。彼女の生活は、多くの情報技術の発展によって、場所のくびきから解き放たれている。そのあたりの技術は基本的に現在の情報技術の延長にあり、そのユーザーインタフェースの徹底的追及という流れの中にある。その意味では、伊藤計劃虐殺器官の描き出す未来より、現実の現在寄りの世界だ。

 

 

trailblazing.hatenablog.com

 

その中で、特に、気になったのはアバターの利用という点だった。

 

この時点で、既にSNSあるいは仕事用のメッセージングシステム等の中で、自分のアバターが動き回ることが当たり前の仕組みとして企業社会に導入されている。

 

このあたりは、理念的にはありうべき未来に肉薄しているが、映像的には前時代的だったマイケル・クライトンディスクロージャーの世界に感覚的には近い。

www.youtube.com

 

『最初はもっぱらオンラインゲーム界の現象だったが、次第に生活のあらゆる側面でアバターが用いられるようになる。2025年、バーチャル空間でジルと結びついている仕事仲間たちがいちばん見慣れているのは生身のジルではなく、ジルのアバターだ。ジルは、オンラインゲームをプレーするときは凝ったアバターを使っているが、仕事用のアバターはなるべく実際の自分に近い姿にしている。

 

(中略)

 

同僚たちが集まって働くオフィススペースがバーチャル空間に再現されていると考えればいい。朝ログインし、バーチャル空間を歩いてバーチャルオフィスに到着すると、ほかに誰が「出勤」しているかが一目でわかる。部署内の会議ではアバターとテレプレゼンス・システムを使って、自宅に居ながらにしてリアルタイムで同僚たちと話し合える。ジルはバーチャル空間で活動することに慣れている。なにしろ、バーチャル大学の卒業生なのだ。』

 

多くのメッセンジャーを従業員が自由に会社の内外にかかわらず仕事に用いる時代は既に到来している。

 

SF作家のウィリアム・ギブソンの有名な言葉がある。

 

『未来はすでに到来している。ただ  均等に与えられていないだけだ』

 

 

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

 

 

現在の問題は既に、到来している未来を、組織が受け入れるか、拒絶するかの違いにまで達している。まわりには、タテマエで肯定し、ホンネで拒絶する例にことかかない。

 

しかし流れ込む未来を止めることは多分できない。

 

ただグラットン女史は、こういった技術的流れの中の必然として生じるのが、個人の孤独感であると述べる。

 

人間というのは、いくらその背景にいるのが本当の人間だとしても、そのリアルな息吹なしに生きていけるのだろうか。

 

家族というのは一つの解である。しかしその外側に、他人の息吹を感じることによって生きる力を得られる場所が必要になるはずだ。

 

騒がしいスターバックスで作業する人々、ラジオというメディアの静かな復権。それらすべてが、到来しつつある孤独な未来への人間の無意識の構えのような気がしてならない。

深代惇郎の天声人語

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いっとき深代惇郎天声人語を筆写してみた時期があった。達意の文章家深代の呼吸がわかるだろうかと思ってのことだった。


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trailblazing.hatenablog.com

 

 

trailblazing.hatenablog.com

 

 

短文とは言えども、毎日、何かを書き続けるということは並大抵のことではない。しかも、大新聞の名物コラムを毎日書き続けるのだ。その時々におこった出来事を反映し、それなりの意見に結び付ける。当然、その会社の方針というようなものも頭をかすめるだろうし、他の新聞のコラム子との競争もあるだろう。

 

いずれにせよ、身体によい商売ではない。身を削るように天声人語を書いた深代惇郎は1975年に46歳の若さで病に倒れ、急逝した。

 

深代の魅力は、その独自の歴史観と、国際感が、ミクロの材料に対する包丁さばきの隅々にいきわたっていることである。ミクロとマクロが交差するところに、「いま」が鮮烈に浮かび上がった。

 

その彼にしても、紋切り型(クリッシェ)との戦いは困難を極めたはずである。とりわけ短い字数という制約の中で、物事を圧縮としてまとめあげるにはそれなりの常套句に頼らざるを得なかった。

 

また深代流とよばれてしかるべきその文体は、ともすれば、自らに対する模倣になっていったはずだ。音楽、文学、絵画など広く創造の世界においては自分に対する模倣すら罪となる。但し、誰かが声高に責めるわけではない。創造者それ自身の内心をじわじわと腐食していくのだ。それが一番きついのは想像にあまりある。

 

死の数か月前に書いた深代惇郎天声人語の美しさは、そういう途方もない戦いの末に聞えて来るスワンソングだけが持つものなのだろうか。