読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

投資家が見た明治国家(三谷太一郎 「日本の近代とは何であったか」)

三谷太一郎さんの「日本の近代とは何であったか」。

 

trailblazing.hatenablog.com

 

 

 

この本については、まだまだ書きたいことがある。

 

特に、資金調達という、個人的に土地勘のある分野を扱った、第二章 なぜ日本に資本主義が形成されたのかがとりわけ興味深い。

 

この分野については、三谷さんは、「ウォール・ストリートと極東」という力作がある。政治だけではなく、政治と金融のインタープレイへ関心がある層には魅力的な著作だった。

f:id:trailblazing:20170329075039p:plain


www.amazon.co.jp

 

欧米列強の脅威に対抗し、植民地化を避けるため、明治期の指導者たちは、列強の近代モデルを徹底して研究し、細部に至るまで模倣した。近代化に直面した他の後進国とは違い、その内面的な摩擦なしに、機能主義的思考を貫いたのである。

 

この後、明治憲法体制の持つ分散性による統合不全と、その中でかろうじて統合性を担保していた元老勢力の政治的現場からの退場により、軍事/官僚勢力の非合理的思考が、この当初の機能主義的思考を覆い隠してしまうことになる。

 

しかしこの機能主義的思考が完璧に稼働した時期がある。

 

明治維新から金本位制の終焉に至るまでの期間である。

 

『日本はヨーロッパ的国民国家を形成するためには、その戦略的手段として、ヨーロッパ的資本主義を自主的に形成するほかありませんでした。それは外資導入に不利な条件を強いる関税自主権を欠いた不平等条約の下では、外資に依存しない資本主義にならざるをえなかったのです。 それは不平等条約の改正による完全な対外的独立を求める政治的ナショナリズムに伴う経済的ナショナリズムでもありました。』

 

日本は、自立的資本主義を志向する中、米国のグラント大統領のアドバイスなどに従い、外債利用を極力避けたのである。

 

日本が積極的に外債調達に舵を切るのは、地租改正、条約改正による関税自主権の回復に伴う税収の増加や、日清戦争による賠償金の取得などによって国庫の厚みがついてからなのである。

 

明治期の指導者たちは、外資の導入によって、多くの内政干渉に繋がるという先行事例を多く目撃していたのだ。警戒感に基づく、健全な機能主義的思考の成果ともいえるだろうが、そもそも、ようやく近代化の扉を開けたばかりの極東の小国の外国債券に投資をしたいという欧米の投資家もほとんどいなかったはずだ。

 

まさに、エマージングマーケットの中の、低格付け債券にすぎなかったのである。

 

海外の投資家を納得させるためには、返済原資の確実性を証明する必要があったのである。関税自主権の回復、日清戦争の賠償金はその意味で大きな意味があったのだろう。

 

井上準之助の、緊縮財政(軍縮)金解禁によるデフレ政策なども、海外投資家にとって適切な政策運営であったという観点からの三谷さんの分析はきわめてわかりやすい。海外投資家動向と、日本近代史の相関のこれほど明晰な説明は初めてではないだろうか。

 

城山三郎の「男子の本懐」で描かれた井上準之助の栄光と悲劇を、モルガン商会のリーダーであり、井上準之助との間に深い人間関係を築き上げていたT・W・ラモントの井上評が簡潔に言い表している。

 

f:id:trailblazing:20170328081900p:plain

Amazon CAPTCHA

 

中国に対する米英仏日四国借款団結成のための交渉会議の後の国務省宛の電報。

 

『私は日本銀行団の真摯な協力を得た。しかしながら日本銀行団の個々のメンバーは彼らの見解を強力に国民と政府に提示する勇気を欠いていた。しかるに日銀総裁井上準之助だけは例外であった。それ故負担は井上に掛かった。彼はいわゆる近代日本の自由主義者グループの優れたタイプである。満蒙留保方式に執拗にしがみつき、今もなお政府を動かしている軍閥を解体する必要を政府にわからせるために彼は倦むことなく働いた。』

 

 

井上準之助が命を賭けたのは、まさに国際金融資本が近代国家日本に期待する方向性だったのである。それは、主観的には、ヒロイックではあるが、どこかほろ苦い。後発国の悲哀のようなものを感じる。

 

『国際金融資本は日本への投資が増大するにしたがって、日本の対外信用に強い関心を持ち、政治財政のみならず、私企業経営に対しても緊縮政策を求めます。日本がこの時期に行った軍縮もまた緊縮政策の一環であり、金本位制を基本政策とする国際金融資本の論理の必然的要請でした。井上が米国のウォール―ストリートや英国のロンバート・ストリートの国際的な投資銀行から全面的な支持を得たのも、金本位制が要請する緊縮政策に対する信念とそれを実行しうる政治的実力を有していたからです。つまり米英の国際金融資本にとって、井上の存在は日本に対する債権の最大の担保の意味を持っていたわけです。』

 

井上が目指した金本位制とそれを支える緊縮政策(軍縮)は、関東軍の暴走による満州事変によって息の根を止められた。

 

さらに、「金本位制の現実(および信仰)の崩壊として現れ、他方において世界的な自由貿易の収縮と関税障壁の強化、さらに各国における国家資本および経済ナショナリズムの台頭」が、井上の賭けを裏切っていく。

 

この流れは、どこか、現代の状況にオーバーラップしている。

 

グローバライゼーションという信仰が揺らぎ、ポピュリズムという名の、経済ナショナリズムが世界中で台頭している。

 

現代の金本位制とでもいうべき、ユーロの動揺の中、多くの新興国が、ナショナリズムと普遍主義のはざまで、多くの新興国が苦境にさらされている。

 

欧州の新興国の今後を予想する際にも、日本が新興国であった時代。その健全な機能主義が作動していた時代の歴史には多くの意味があるのだろう。