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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

チャーチルの覚悟、チャーチルの陰謀 (トランプのアメリカ)

2017年3月1日(水)13℃ くもり

 

113.479 ¥/$

 

トランプの議会での施政方針演説があった。アメリカの大統領が議会を訪問するのは、年2回ぐらい。初回とあって、マスコミの取り上げ方も大きい。保守派からはまともなスピーチだというSNSでのコメントなども上がっていた。その内容についてはじっくりと読んでみることにしよう。さほどの驚きはなかったのか、為替もドル高の方向に動いているようだ。

フィリップ・ロスの大作「プロット・アゲンスト・アメリカ」を「巻を置く能わず」という感じで一気読みした。

 

リンドバーグ政権の成立という代替歴史環境のもと、徹底したリアリズムで普通のユダヤ人家庭の破滅が描写されている。それ自体文学作品としても読みごたえがあった。

 

ただ読んでいる間中、身体のどこかにすっきりとしないわだかまりが消えなかった。

 

小説を読むときには、感情移入の対象というものがあるにこしたことはない。この小説の場合、通常は、7歳の少年の不運を対象とするのかもしれない。私にとっては、悲劇の家長であるハーマンの方が手頃な対象だったかもしれない。

 

ただ残念ながら、そういう形での感情移入の対象を持つことができなかった。

 

理由は、彼らの敵に加担しているのが、私たちの父親の世代の日本人だったからである。

 

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日本でも、ルーズベルト政権が日本を戦争へと追い込んでいったというような、いわゆる「歴史修正主義」と呼ばれて、「抑圧」されてきた史観の出版が相次いでいる。

 

この背景には、第二次世界大戦後の欧米の戦争、とりわけ中東における紛争の歴史を通じて、偽善と捏造、裸の権力行使という国際政治のリアリティが露わになるのを、覇権国に否応なしに加担することで私たちは目撃させられたという歴史がある。

 

その結果、私たちも初心ではなくなったのだ。

 

自虐史観と呼ばれるものに対する、ある意味で普通の、疑問の奔出が、歴史修正主義的文献の出版ブームに現れているのだろう。それを一概に、有害なナショナリズムと片づけるのはフェアではない。私たちも、そろそろ正史の持つ抑圧というものをまじめに直視すべきなのだろう。

 

 

trailblazing.hatenablog.com

 

それを前提に、リンドバーグ演説を読み返してみた。

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『 全国世論調査によれば、1939年、英仏がドイツに宣戦布告した際、アメリカも同様の道を採ることに賛成した国民は十パーセントに満たなかったのです。

 

 しかし、この国にも外国にも、その利害関係と信条ゆえに、合衆国を戦争に巻き込まずにおれないさまざまな集団が存在しました。今夜、これらの集団のいくつかを指摘し、彼らの採る方法を概観したいと思います。これを為すにあたって、私はいっさい包み隠すことなく語らねばなりません。その企てを挫くには、彼らが何者であるか、皆さんにはっきり知っていただかねばならないからです。

 

 この国を戦争へと押しやってきた三つの最重要集団は、イギリス、ユダヤ人、そしてローズヴェルト政権です。』(柴田元幸訳)

 

リンドバーグはこの演説の中で、3つの集団の中に、ユダヤ人を名指ししたことで、米国の「正史」の中のUntouchableの位置に置かれることになった。

 

しかし、敵と名指しされた日本人の末裔からすれば、このイギリス、ローズヴェルトの陰謀という部分は、一つの事実として歴史の闇から引き戻されてしかるべきだろう。

 

『  アメリカを戦争に巻き込もうと、イギリスはあらゆる手を尽くしてきましたし、これからもそうしてくることを私たちは知っています。そのやり方の巧妙さをめぐって、何人ものイギリス人が本を書いているからです。

 

 今回の戦争でも、イギリスがアメリカ国内でのプロパガンダに巨額の資金を注ぎ込んでいることを私たちは知っています。もし私たちがイギリス人だったら、きっと同じことをするでしょう。しかし私たちの利害はまずアメリカとともにあります。そしてアメリカ人として、イギリスがアメリカを戦争に引き入れるためになしている努力の実態を、私たちはぜひとも把握せねばなりません。

 

 ローズヴェルト政権の力は、戦時の緊急事態を持続させることにかかっています。ローズヴェルト政権の威信は、英仏だけで容易に戦争に勝つものと大半の人びとが考えた時点でローズヴェルトが己の政治生命を賭けた大英帝国の命運にかかっています。ローズヴェルト政権の危険性はその二枚舌にあります。その構成員たちは、私たちに平和を約束しておきながら、選挙公約を無視して私たちを戦争へ向けて導いてきたのです。

 

 1939年、ヨーロッパで武力衝突が生じたとき、これらの集団は、アメリカ国民に参戦の意図がないことを理解しました。当時、私たちに宣戦布告を求めることはまったく無益であることを彼らは知っていました。しかしまた彼らは、前回の戦争に私たちが引き込まれたのとほぼ同じやり方で、今回もこの国を引き込みうると信じたのです。

 

 まもなくわが国の劇場は、戦争の栄光を謳い上げた芝居で一杯になりました。ニュース映画からは客観性のかけらもなくなりました。反戦の記事を載せる新聞雑誌は次第に広告が取れなくなりました。介入に反対する個人には組織的な中傷が降りかかりました。「第五列員」「裏切者」「ナチス」「反ユダヤ」といった言葉が、戦争に参入することはかならずしも合衆国のためにほかならにと一言でも言った人に容赦なく浴びせられました。戦争反対を明言した人は職を失いました。ほかの多くの人はもはや口を開きませんでした。』

 

リンドバーグのこの言葉は、当時、明らかにPolitically incorrectだった。しかし、だからといって、永遠に闇に葬られるべき発言であったとはいえない。

 

しかし政権末期には認知症を患っていたと言われるルーズベルトはともかく、ウィンストン・チャーチルを敵に回したのは、返す、返すも、当時の日本にとっては分の悪い話だった。

 

リチャード・ニクソンに「指導者とは」という名著がある。

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一国の宰相となり、多くの業績をあげ、弾劾のリスクにさらされる中で辞任した、多くの屈折を持つニクソンが直接に出会った世界の指導者たちについて語ったこの評伝には深みがある。

 

ニクソンは、ウィンストン・チャーチルを以下のように表現している。

 

1940年5月10日に65歳で首相の座についたチャーチルの猛然たる政治的覚悟の強さが現れている彼の言葉。

 

午前三時に就床したとき、私は深い安堵を感じた。私は、ついに、すべてについて命令を出せる権威を手に入れた。まるで運命と腕を組んで歩いているような気がし、私の過去の人生はすべてこのとき、この試練のための準備だったと感じた。』

 

この全身に気合いの満ちあふれ、断固とした覚悟の、チャーチルは手段を選ばない。

 

戦争中のチャーチルは、ヒトラーを倒すためには、誰とでも結んだ。ドイツ軍がソ連進行を開始すると、熱烈なスターリン支持に転じた。無節操を指摘されると、「ヒトラーがもし地獄を攻めれば、私は下院議場で悪魔の支持演説を辞さないであろう」と答えた。

 

真珠湾攻撃を契機に、米国の第二次世界大戦への参戦という自らの謀略の果実をを勝ち取ったチャーチルだが、その後、組んだ悪魔のスターリンをめぐって、ルーズベルトの間に対立が深まっていく。

 

『とくに対ソ政策での対立は激しかった。少なくとも1940年に一万人のポーランド将校が反共のゆえに殺された「カチンの虐殺」のあとでは、戦前のヒトラーに対すると同様、戦後のスターリンにも不倶戴天の敵を見た。(略)

 

ルーズベルトが米英の反ソ連合を欲せず、チャーチルスターリンの橋渡し役を演じようとするのを見て、チャーチルの心はしだいにルーズベルトから離れていった。その結果、ポーランドは共産圏に取り込まれ、ルーズベルトがアジアでの領土的、経済的利権を餌にソ連を対日参戦させるため、中国もまた共産圏に組み入れられてしまった。(ヘンリー・グリュンワルド)』

 

小説まがいの歴史のWhat Ifにはさほどの意味は感じない。しかし歴史評価に知的好奇心以上の価値がないとは言えない。

 

歴史というのは何度も何度も、現在の政治の中で読み替えられていく。その読み替えこそがまさに政治であるということは、私たちの隣国との関係の中で、嫌と言うほど思い知らされている。

 

「憎い」敵ではあるが、最近は政治家よりも歴史家、文筆家としての令名も上がっているチャーチル。悔しいが、その度量と覚悟と文章力には学ぶべきものが多い。

 

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