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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

いつか来た道?片山杜秀日経ビジネスインタビュー(トランプのアメリカ)

2017年2月7日(火)11℃ 晴

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最近のマスコミは、2月10日の日米会談、何を語るべきか、語らざるべきかと、それを前にした沖縄の辺野古移転の実力行使と反対運動のニュースに殺到している。

 

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あとは小池東京都知事の新しいポピュリズム、東京を覆う「三悪」、石原、内田、森との対立軸をあおることでの新党形成が国内政治の話題としては大きな関心を引いている。この「三悪」評判の悪いレースでは見事にデッドヒートを繰り広げているせいか、小池さんの戦いはここまでのところ順調である。僕は、案外、このポピュリズムの寿命は長い気がする。高齢化する都民の、無駄遣いや、オリンピックによる生活環境としての混乱を嫌悪する気持ちは、口には出さずとも相当強いからである。むしろ口に出せない抑圧が強いからこそ、不満、不平は投票で晴らすという行動に繋がりやすいからである。ちゃんとした政治的動物の安倍首相もかなり気にしているらしい。それは当然だ。

 

隠れトランプ支持層というものが存在したが、小池さんの場合は、別にさほど隠れる必要もないから、思わぬ雪崩(Landslide)現象を都議選で引き起こす可能性がある。

 

アメリカはと言えば、大統領対裁判所というアメリカの三権分立の根幹をめぐる対立で大騒ぎである。移民制度に関する大統領権限は強いというところから、今回の裁判官の差止請求の基盤は案外弱いとか、ツイッターでもあんな馬鹿げたこと言わなければ、今回の入国一次禁止におけるトランプがしたいことも可能かもしれないのに、自ら、墓穴を掘っているとか、喧々諤々である。

 

三権分立の根幹における行政と司法の対立の生々しいケーススタディだから、ここは少しきっちりとフォローするべきところかな。

 

しかし本日一番面白かったのは、日経ビジネスのキーパーソンに聴くの片山 杜秀(もりひで)さんへのインタビューだった。音楽評論から日本政治思想まで、広い視野で学者というより、素晴らしい書き手である片山さんが、オバマの退任演説とトランプの就任演説を読み比べるというインタビューだった。編集というのは良き題材と良き書き手をマッチングさせることだとすれば、今回のインタビューは日経ビジネスの編集者の手腕の光るところだった。上下に分かれているが、読みやすくて面白いのでおススメである。

 

見もふたもなく言えば、ヒットラーそっくりです(上)

business.nikkeibp.co.jp

 

 

すっきりしたい言語麻薬がトランプを走らす(下)

business.nikkeibp.co.jp

ワイマールからナチズム、ウイルソンからルーズベルトなどの歴史を踏まえて、オバマからトランプへの移行をどう見ていくかという、政治思想の専門家ならではの視点が光るインタビューだった。

 

細かい点は、是非、上記のインタビューをご参照というところだが、特に気になった引用部分をピックアップしておきたいと思った。

 

 

『答えは見え見えで恥ずかしいくらいなんですけれど、やっぱり、典型的な1930年代の独裁者、ポピュリストにそっくりです。身もふたもなく言えばヒトラー的です。

 

 敵を設定し、民族意識を煽り、アウトバーンなどの派手な公共投資を行い、大衆を大事にするといいつつ資本家や大企業にもいい顔をする。愛国主義社会主義と資本主義のいいところ取り。その場は受けますが、無計画でビジョンがないから、再分配がうまく行かなくなり、最終的には対外戦争で、植民地、閉鎖的経済圏を拡大して、パイを増やそうとし、敗戦を招いて滅亡したわけですが。

 

でも、「だからトランプが悪い」とも言えないんですよね。先のビジョンがないのは世界中の指導者、みんなが同じです。この先、確実な経済成長の筋道が見つからないことを国民に伝えて、痛みを分かち合おうと訴えることが出来る政治家は誰もいなかった。本当のことを言ったら当選できませんから。』

 

たしかにグローバル資本主義のフロンティアの消滅というのはかなり重い事実である。フロンティアの存在しない中での定常的社会という理想はいいが、実際、誰が当事者かによってその受容度が異なるこういった理念を国民が受け入れるということは本当に困難である。しかし現実の先にあるのが行き止まりであるという想像力のもとからは、不安しか生まれない。だとすれば、未来を生き延びていくためにもあたらしい理念(統整的理念)の模索は不可欠なのだと思う。

 

 

オバマは、議会を動かすことに興味がなく、その能力もない大統領でした。エスニックや同性愛者、マイノリティに対する理解を持ち、理想主義者だけれど、リアリズムで議会にネゴしていくより、民衆に訴えて演説で世論を作り、その圧力を背景に議会をコントロールしようと思ったのではないですか。これもある意味ポピュリズムの手法ですね。米国は議院内閣制ではないので、大統領は議会と張り合うことができる。足場を、政治の外の社会に求めた。その分、議会そのものへの政治的な交渉力は弱かった。

 

オバマ貧困層のケアには尽くしたけれど、中間層のケアはあまりできていなかったのではないでしょうか。そこに溜まった怨みから、トランプ台頭の芽が吹いたのかもしれません。』

 

貧困層に対しては、尽くしたが、中間層は置き去りにした。問題は、中間層という人々の与える影響力の大きさであり、この人々が次の貧困層へ落下する恐怖にさらされていることに対する、コトバ以外のケアはなかったし、そのコトバは嘘でもいいから断固とした答えを求めている人々に受け入れられるはずもなかったのだろう。

 

 

『でも、そう思うかどうかをまーったく別として、一度、はっきり口にしてごらんなさい。困っていること、ストレスの原因を「誰かのせい」にして発言すると、思わず腹の底がら“すかっ”とします。問題は何も解決していないし、責任の所在は不明なままなんです。でも、重い荷物を下ろしたように気分がよくなるはずです。“良識派”には恥ずかしくて難しいのですが、一度やるともうやめられない(笑)。』

 

小池百合子が、森、内田、石原を叩くことを見てスカッとするのもこのあたりの気分なのだろう。その意味では僕も隠れポピュリズムファンなんだ。これは困ったことだ。