トランプのアメリカ;バノン対マスメディア
- 2017年1月29日(日)14℃ くもり時々晴れ
トランプのアメリカ 5
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トランプ大統領の第一週目が終わった。疾風怒濤の印象だ。わかりやすい公約は即座に果たそうとする驚くほどの激しさはまさしく前例のない世界だ。
トランプの激しさもかなりのものだが、その存在の異質さが際立つのが、スティーブ・バノンだ。
Breitbart Newsという極右の発言プラットフォームを運営している男が、今や、トランプ政権の要の位置にいる。そして彼が、マスメディアに対して、「モノを知らないてめえら、口を開くんじゃねえ」と啖呵を切ったらしいからものすごい。
リベラルメディアの代表格であるニューヨーカーのJohn Cassidyが「スティーブ・バノンの対メディア戦争というコラムが、喧嘩を売られたリベラルメディア側の言い分というか反論をしていた。
これまではほどほどに敵対的ながら、共棲的存在だったホワイトハウスと大手マスコミの関係はどうなっていくのか。今後のアメリカ政治の行方を決めるくらいのことのような気がする。
「メディアは自らを恥じて、しばし口を閉じて、耳を傾けるべきだ。メディアは野党であり、この国のことを理解してない。彼らはいまだにドナルド・トランプが米国の大統領であるということを理解していない。」
この暴言に対するマスコミからの反発も強いが、このあたりも、バノンの想定の範囲かもしれない。
あとで記憶にないと否定はしたらしいが、Ronald Radoshという歴史家との対談で、Alt-Rightの旗手バノンは自分のことをレーニン主義者と自称したらしい。
「レーニンの目的は国家の破壊だった。私も同じだ。私はあらゆるものを、とりわけ今日のエスタブリッシュメントのすべてを破壊したい。」
まあびっくりするほど、過激だ。
彼からすると、大手メディアは、高学歴で大都市に住んでいる、コスモポリタン、リベラル、金融関係者たちのイデオロギー装置に過ぎないのだ。
バノンは自分は白人中心のナショナリスト(white nationalist)ではないという。むしろナショナリスト、経済的ナショナリストだと。グローバル主義者たちがしたのは、アメリカの労働者階級を破壊して、アジアに中産階級を作り上げることだったと主張する。
白人至上主義者ではないというこの言い分は疑わしい。彼がどう言おうと彼の保守系ウェブサイトのBreitbart Newsは間違いなく、白人中心主義者、差別主義者、その他の極右の発言プラットフォームとなっている。
バノンの言っていることがすべて的外れかというとそんなことはない。
過去30年のアメリカの経済の歴史に関しての見立てや、マスコミがトランプの国民的アピールを過小評価してきたこと、そしていまだにその見方を変えていないというのはその通りだ。
反トランプ派は、トランプの最初の週の行動を見て、いかに彼が大統領に向かないかということがわかっただろうと意を強くしているのかもしれない。しかし、これに対してトランプの支持者たちは、自分たちに対する選挙公約(壁を作る、アメリカの雇用を守る、アメリカを優先する)を片っ端から実行する頼りになる強い大統領だと感じているのは間違いない。
バノンのマスコミは世間知らずなだけでなく、反対野党のようなものだというのも若干誇張にすぎる。そもそもどんな時代でもホワイトハウスとマスコミの関係はそれなりに敵対的なものだった。
大統領は、自分の思うように世論を誘導しようとし、メディアはそれに対して状況を見ながら、ある程度は押し返そうとするものである。同時に、両者に共生関係があるのも事実なのだ。ニュースメディアにホワイトハウスが提供するコンテンツが必要だし、大統領の方も自分のメッセージを広く国民に伝えるためにメディアが必要なのだ。
インターネット時代が到来し、トランプのツイッターのフォロワーが2250万人だったとしても、この論理は変わらない。
バノンがニューヨークタイムスなどのマスコミ叩きに集中する一方で、トランプは、放送局を通じてのメッセージ発信に余念がない。水曜日と木曜日だけで、トランプはABCとフォックスニュースのプライタイムで2時間超のインタービューを2回も行った。さらに二つのスピーチを発表し、ケーブルニュースネットワークがその全文を伝えている。金曜日には、彼は英国首相のテレサ・メイとの記者会見を行い、多くのテレビネットワークがこれをライブで報じた。
バノンもトランプもマスコミを自分の都合の良いようにつかいまくる一方で、自分たちに都合の悪い報道がなされた場合のために、客観的な社会の木鐸ではなく、不正直で党派性の強い虚偽のメッセージをまき散らす存在だといいふらすという戦略を取っているようだ。
繰り返すまでもないことだが、トランプは危険である。バノンはそんなトランプの熱狂的な共犯者だ。最悪最低のニクソンでさえ、今のトランプの日々の罵倒に比べれば、まともなぐらいだ。ホワイトハウスのシニアスタッフが新聞記者に対して「黙れ」といった前例はさすがにない。
トランプ政権のメディアへの攻撃が、罵倒にとどまらず、記者の活動制限にまで及びはじめたなら、ジャーナリストは一丸となって、憲法修正条項第1条の報道の自由に依拠せざるを得なくなるかもしれない。
「議会は、表現の自由や報道の自由を制限するような法律を可決してはならない。」
しかし魚心あれば、水心で、法学教授の中には、憲法は、限られた報道の自由を認めているにすぎず、情報へのアクセスや情報源の秘匿などはそれに含まれないという意見を発表するものまで現れた。
RonNell Anderson, of the University of Utah
Sonja R. West, of the University of Georgia
それに加えて悪いことに報道に対する国民の信頼は過去にないほどの低水準だ。下級審は記者に対して好意的ではなくなってきている。最高裁では10年以上も、報道に関する重要な判例は出されていない。
先ほどの法学者たちの言う通り、「我々の民主主義の他の制度と同様に、報道の自由も、国民が望むだけの強さでしか保護されることはない」のだ。
幸運なことに、アメリカ国民の多くが、一番大事なタイミングでメディアへのサポートを示してくれた。
先週末の全米で起こった反トランプの抗議行動は、トランプに対する異議申立の大きさを示している。これはとりもなおさず、トランプに対する説明責任を追及することへのメディアの背中を押している。
バノンは、彼らの言葉遣いでいえば代替現実(Alternative Reality)を使って、これらのデモの参加者は、浮世離れした知財弁護士やグローバル主義者ばかりだと言いたいのかもしれない。
しかし、この参加者数の巨大さは、そんなごまかしを許さない。
選挙戦術的に、トランプは、疎外感を持ち、経済的にも追い込まれた白人の一部有権者を見事に動員したのかもしれないが、アメリカ国民の大多数が引き続き彼に拒否感を持ち続けているということが明らかだ。これは代替現実ではない。リアルな抗議なのだ。トランプやバノンの方こそ、この数字の前には黙るしかないはずだ。
悲惨な展開にもかからず、逆に希望がある。トランプ自身が自分の信用を破壊し続けているからだ。彼のコアの信奉者は、トランプが何を言っても支持を続けるのだろうが、日々、彼の異常な発言に普通の国民が触れるようになっている。
最近、ホワイトハウス内部からの記者へのリークが増えているという。これはトランプの異様さが、共和党内部、産業界、ホワイトハウスの閣僚、スタッフの中にも不安を引き起こしていることの証拠だ。
トランプの直情径行さだけが彼のアキレス腱というわけでもない。自分の事業の売却を拒否することで、彼の個人的資産への執着への疑念が高まった。プーチンとの接近をはかれば、弱みがあるのではないと勘繰られている。今後、この二つの分野は、調査報道ジャーナリストと反トランプ陣営にとって攻撃の潤沢なネタを提供することになるはずだ。
バノンの発言も一貫性にかけている。過去に、彼はプーチンを批判した。泥棒政治(kleptocracy)とか拡張主義的帝国主義勢力という言葉で攻撃している。
トランプは金曜日にこんな泥棒政治家たちの国との間で制裁緩和を口にしはじめている。
(以上)
大統領、マスコミ、産業界、国民。どのような化学反応がアメリカ社会を変えていくのだろう。