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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

トランプのアメリカ;トランプ政策がドル高要因

2017年1月26日(木)晴 10℃

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今日も東京は快晴。山陰地方などで豪雪の被害が伝えられているが、太平洋岸はいつも通りの冬晴れが続いている。

 

アメリカではトランプ大統領が大統領令を連発している。メキシコに壁を作るというExecutive Orderが出された。TPPなんかものの見事に否認された。

アメリカの大統領制は選ばれるプロセスもわかりにくいが、実際の運用についても同様に簡単じゃない。大統領の権限は議会に比べれば、思ったほどでもないんだというのは良く聴く話だ。しかし、こうやって現実になった瞬間から切り札(トランプ)を切りまくる人を見ていると、結構な権力だなと思ってしまう。

 

結局、大統領令は議会による法律、裁判所による違憲判決等がなければ止められない。しかし止められなけば現実を作りだしてしまうのだ。

 

オバマ大統領も、最後の頃は出しまくっていた。でも彼の場合はもう使えなくなるんだから理由はいたってわかりやすい。

 

トランプ氏の場合の動機は何か。そもそも彼の真意というのはわかりにくい。

 

とにかく、わかりやすく、目立った公約は大統領令を乱発してでもなんでもいいから、果たしてしまおういう感じなのかもしれない。ゴールドマンザックスの重用など、言ってたこととのギャップはかなり生じているが、これはそれほどわかりやすくもなく、皆から総反発をされるというものでもないと値踏みしたんだろう。

 

ひょっとすると、自分の政権も長くないから、使えるチケットは早めに切っておこうということなのかなと勘繰りたくなるほどの気前の良さだ。

 

このあたりは、長年の共和党流を踏襲しているのだろう。宗教的保守派を取り込むためにイデオロギー的な目立つところでは、保守的にふるまうことで、中流以下の層の票は確保しつつ、経済面では徹底して富裕層を優遇する。

 

ただ、イデオロギーはわかりやすいが、経済問題はわかりにくい。

 

経済は一次方程式ではなく、連立方程式だから、一つの行動の影響が、リニア思考では想像できない。

 

おそらくトランプ氏も彼らに投票した普通の人々も、投票しなかった普通の人々にも、国際経済学の定石なんて複雑でわかりにくい。

 

その良い例が、今日のフィナンシャルタイムスで国際金融の大家であるバリー・アイケングリーン教授が書いたコラムである。

 

ドル高を目の敵にするトランプ氏が提案する政策こそがドル高スパイラルを引き起こすという内容だ。

 

Powerful forces will lead to a strong dollar under Trump

https://www.ft.com/content/2a01d6c2-de6f-11e6-86ac-f253db7791c6

 

言っていることは、トランプ氏の言っている積極的財政政策と金融引き締め(利上げ)政策の組み合わせは経済学的に言えば、間違いなくドル高を引き起こすということである。

 

話は飛ぶけれど、昔、新橋の広場で待ち合わせをして、1時間近く待たされたことがあった。

 

ちょうど日本版ポピュリストである街宣車が止まっていて、活舌の良い演説が行われていた。トランプ氏なんかよりはるかに活舌もよく、身振り手振りもメリハリがあった(笑)

 

論点は多岐にわたり、それぞれ言っていることもまともだった。ところが一時間程、聴いていたら、ちょっと違和感が生まれた。最初に言っていたことと、矛盾する内容を弁舌爽やかに主張しだしたからである。

 

つまり彼の演説は個別の論点における整合性はあったが、彼の議論全体を貫く整合性はなく、つまりはめちゃくちゃだったのだ。

 

経済政策というのは、こういったある意味単純じゃない直感に反する帰結に満ちている。

 

マクロ経済学的に言うと、米国は完全雇用に近い状態にある。そんな中、ミクロ的な誰かの現実を直視したトランプ氏は、雇用を米国に取り返すとして、積極的財政政策と利上げ政策及び他国への関税などの政策パッケージを提案している。

 

しかも最近は、ドル高を敵視しだした。

 

アイケングリーンが言うのは、それは無理なお話よということである。

 

国内生産能力に限界がある中で、国内に生産を戻そうとして、インフラ投資、防衛投資、関税付加などを行っても、連立方程式の複雑な経路を通じて、それはすべてドル高という方向性へと繋がっていくということを経済学的に説明している。

 

ドル高が嫌だったら、今言っている政策をすべて放棄するしかないというのが結論である。

 

多分、彼が正しいのだ。ただ問題は、この複雑な思考過程を普通の人々が共有するのが限りなく困難だということにある。

 

そして人は理解できないものを好きにはなれない。さらには、自分が理解できないことを言っている人が嘘を言っていると声高に言ってくれる人の方を好きになってしまう傾向があるのだ。

 

これがポピュリズムというものの厄介なところなんだろう。そして最終的には、悪い結果だけの責任を普通の人々が取らされることになる。困ったものである。