音楽:明日はどっちだ!Jay Z vs Macklemore
とはいえJay Zの名前を定期的にグーグルで検索する。当初の花火がかなり消えかけてはいるが、たまに、面白い記事が見つかる。
StratecheryのTidalと音楽の未来というコラムは、音楽業界の構造と、レコード会社の存在理由をベンチャー業界のベンチャーキャピタリストに譬えて説明していて頭を整理するうえで、なかなか役に立つ。
絶滅危惧種と呼ばれてはや数十年のレコード会社がしぶとく残り続けているのは、彼らが新人発掘という最大のリスクを取るベンチャーキャピタリストだからという見立てである。
そして、だから、その恩恵を受けて、出来上がったアーチスト主体のTidalは決して音楽産業の未来を考えるためのインスピレーションを与えない、むしろ音楽業界の未来は、レコード会社の力を借りずに、成功したMacklemoreが予兆していると.
StratecheryのコラムはBob LefsezのJay ZのTidal批判から始まる。
「大体、自分が有名だから、あらゆる音楽ファンが毎月喜んで10ドル支払うという考えが馬鹿げている。
JayZとそのお仲間が、大手レコード会社とすべて手を切って、自分たちだけの力で始めたというなら、もっと自分は感心したはずだ。Spotifyの無料部分を悪者にしているが、そんなのは本質じゃない。そもそも彼らの考えているDealがダメなんだ。そもそもTidalもSpotifyと変わらない。アーチストたちは、自分のボスから、自分の音楽を使う許可を得る必要があるんだから。幼稚園児が、集まって、先生に抵抗しているようなもの。もっと大人にならなければ。」
Lefsetzはことのほか手厳しい。
彼の批判は、音楽業界の基本構造を理解すると良くわかる。
上の4つのプレイヤーのうち3つの役割は明らかだ。
レコード会社(Label)の役割はもっと興味深い。
そもそも彼らがいまだに存在し、Tidalを支持するアーチストの全員がいまだにこのレコード会社との関係を断ち切れないのはなぜなのか。
レコード会社の役割
インターネット前(もっと正確に言えば、Napster前の時代)には、レコード会社には明らかな役割があった。
物理メディアの流通である。実際に大量のレコード(8トラック、カセット、CD)を作成し、配送するのはかなりな資本を必要とする作業で、自前の製造ライン、流通チャネル開発、物流にかなりの投資が必要だったのだ。
こういうタイプの分野で、ビジネスモデルの決定要因は、大きな固定費と小さな限界費用(CDを一枚作るためのコスト)だ。このビジネスモデルの結果、大きなヒットに過度に依存する体質が生まれた。
1995年にニューヨークタイムスは、この内訳を報じている。
価格設定はかなりいい加減(Arbitrary)と、匿名を条件に大手レコード会社のトップが認めている。
「我々はCD価格を上げたいといつも考えている。理由は、自分たちの費用が、マーケティング、プロモーション、バンドとの契約まで含めて、限界的に上昇していくからである。
バンドとの契約にかかるお金が40万ドルから60万ドル。最初のビデオ制作に最低5万ドル。ツアーはもっとお金がかかるし、関係者の給料はもっと高い。かくして、我々の利益マージンはどんどん吹き飛んでいく。」
音楽ビジネスは極めて投機的だとこのトップは続ける。
1年に一つのバンドの人気が出れば、その年は良い年ということになる。
30万から50万枚ぐらいまではCDが売れても利益がでない。全レコードの80%は赤字。残りの20%が80%をカバーしているのだ。
若干の循環論法がある。多くのアーチストは赤字である。理由はマーケティングとプロモーション(固定)費用のためである。しかし高いマーケティングやプロモーションコストはヒット曲を追及するためである。そしてヒット曲が、増加しつづける固定費をカバーするためには必要なのだ。
ただし、このロジックが現実なのだ。
実際、Jay Zやコールドプレイは赤字のアーティストの費用以上のものを生み出しているのであり、この業界では珍しくもないことだ。
こういう現実を知ると、レコード会社がアンフェアだと責める、アーチストの声にはあまりシンパシーを感じないと筆者は言う。
だったらヒット曲が出なかったアーチストのすべてが、レコード会社が投資した資金のすべてを返せと言われないのはアンフェアではないのか。
1社のスタートアップのIPOで大きな利益を上げたベンチャーキャピタル(VC)を誰も責めないのはこのためである。このリターンが彼らのポートフォリオの中の失敗したスタートアップ投資のすべてをまかなうのだ。
これがまさにレコード会社の存在理由の一つなのだ。
配給という機能は次第になくなってきている。(とはいえCDはいまだに2014年のアルバム販売の50%以上を占めているのではあるが。)
しかしレコード会社のVC的機能は残っているのである。
アップル、Spotifyなどは新しいアーチストの発掘やその育成投資という投機に一切関心を示さない。
これは極めて難しく、専門的な仕事であり、レコード会社が得意としてきた分野なのだ。そして一流のVCと同様、レコード会社はただ資金を提供するだけではなく、アーチストのサウンドやそのビジネス取引に関してもガイダンスを与えている。
当然、レコード会社に人気が出るアーチストを探す魔法が使えるわけではない。
レコード会社はマーケティングやプロモーション費用を使って、アーチストの人気が出るのをサポートする。
TVへの登場、iTuneでの特集、ブログでのプロモーション、そして2015年でも、最大のものは、アーチストをラジオで取り上げさせることだ。
ニールセンの2014年の音楽レポートによれば、ラジオがリスナーが音楽を発見する場所いまだにトップの座にあるのだ。
米国民の91.3%が少なくとも1週間に一度はラジオを聴いている。そして調査対象の51%は、ラジオで聴いた曲のCDを買うと答えている。レコード会社は全社を挙げて、自分たちのアーチストの曲がラジオで取り上げられるように努力している。
昔のような派手な袖の下は禁止されているが、マーケティングは引き続き高くつくのであり、競争も激しい。
アーチストのモチベーション
JayZやトップアーチストがレコード会社でなく、Spotifyのような配信事業者と組むのには理由がある。レコード会社の投資もあり、返済義務もない、成功している彼らには、ストリーム毎の数セントというのも意味があるのだ。JayZは極端だ。彼は自分のレコード会社を持っていて、アーチストと直接契約している。
ただし流通はユニバーサルミュージックグループのRoc Nationが担当し、(レコード会社事業に参入している)Live Nationからは10年間で1億5000万ドル程度の資金が入っている。こういう条件もあってTidal独占でも構わないことになる。
しかしこれができるアーチストはほとんどいない。
さらにJayZやその仲間たちが本当に独立を目指しているとしても、独占性を回避すると強いインセンティブが働く。
音楽は固定費ビジネスだが、(インターネット上では)限界費用が0なのである。だとすれば、インターネットの世界で、お金を稼ぐ最高の方法は、これらの固定費を広く、全体に引き延ばして薄めるために、できるだけ多くのユニットを売ることなのだ。
その論理を延長すれば、音楽を誰が所有するかという問題についての最適な戦略はとにかくいたるところで利用可能にするということになる。これは独占性の正反対である。
こ最終的にTidalがうまくいかないのはこの理由からだ。
Jay Zと仲間たちが、Spotifyからそのストリーミング収入の(小さな)シェアを奪うのがお望みならそれもいいだろう。
しかしTidalが市場を制する可能性は0である。高音質オプションを好む人はおろか、むしろそれが聴きわけられる人などほとんどいない。
アップル傘下のBeatsのヘッドフォンと違って、(しかしBeatsの音楽サービスはTidalと同じだが)ソフトウェアはステータスシンボルにはならない。
さらに、Spotifyがはるか先を走っていて、無料オプションもないし、アップルの配信力もなければ、彼らほどの銀行預金もない。
意味のある独占権もさほど多くはない。そもそも成功するためには、多くの独占権が必要になる。
今後
レコード会社がなぜしぶといかといえば、彼らが流通の仕事だけをしていたわけではないからだ。
それ以外にも、アーチストの発掘、資金調達、プロモーションなどを行ってきたのだ。
テクノロジーの発達によってそれぞれが違った形での脅威にさらされている。
その裏側では、Shazamのようなツールが伝統的なレコード会社が気づくずっとまえに日の目を浴びつつあるアーチストについての現実のデータを提供してくれている。
こういった新しいチャネル(アップル、グーグル/Youtube、Spotify)の方が従来のタレント発掘プロセスよりも実用的なのは間違いない。
- 調達;レコードを製造する費用は、過去数年、急落している。たしかに、サンプルや、記念版の大量生産によってこれらの費用が上昇という部分もある。しかしこういったことは多くの場合、既に有名になったアーチストの贅沢にすぎない。普通のアーチストは、コンピュータのおかげで、かなり安い金額で、認知されるには十分なものを製造することができるようになった。
- プロモーション;流通がCDからオンラインチャネルに移行すればするほど、これらのチャネルがプロモーション上、重要になる。
iTunesは既にこの点でかなりの専門性を持ち始めている。今後、アップルがPandoraを買収して、Beatsにより強力なプロモーションチャネルを与えたとしても私は驚かない。
レコード会社の凋落を理論化するのは簡単だ。でも、実際のところ、ソーシャルメディアやShazamのデータを一番うまく利用しているのが、いまだにレコード会社であるというのも事実だ。
そして原石を発掘し、宝石に仕上げていく強みを持っているのは、いまだ、レコード会社だけだ。
良い音楽を作るのにはお金が語る。いまだにこの分野ではレコード会社が唯一といっていい資金源だ。結局、プロモーションやラジオがいまだに重要なのだ。テクノロジーによって視聴者の環境に多くのノイズが溢れている。そのノイズの中から頭角を現すのを助ける能力に価値があるのだ。
ここで再びベンチャーキャピタルの比喩を使ってみよう。
スタートアップ企業はツイッターやProduct Huntのような発見サービスを通じて広がる。MVP(ユーザーが触れる簡単なプロトタイプアプリ)はAmazon Web Service、Microsoft Asureのようなクラウドサービスのおかげで、簡単に作れるようになった。Appstoreような配信チャネルは自然なプロモーションチャネルである。
とはいえ、ベンチャーキャピタルの重要性はかつてないほど大きくなっている。
起業はしやすくなったが、ノイズの中から、自分を認知させるハードルが高くなっているのだ。
個人向けビジネスは、何年もの急激な成長(ほとんどが赤字)が必要で、大企業向けのビジネスには、高コストの営業部隊が必要だ。
このニーズに答えられるのはベンチャーキャピタリストだけなのだ。
例外
レコード会社の重要性は続くという私の論旨には一つの大きな問題がある。
Macklemoreの存在だ。
このシアトルのラップアーチストは独自で何度もチャートトップを獲得し、何度もグラミーを受賞している。
全くレコード会社の助けなしに、これだけの実績をあげている。
Macklemore曰く、
「インターネットの力とソーシャルメディアを通じて、ファンとの間に本当のパーソナルな関係を確立したならば、MTVや音楽業界が何を言ったって意味がなくなる。皆が僕たちのビデオを見るのは、MTVじゃなくて、YouTubeなんだ。YouTubeがMTVの居場所を奪ったのは明らかだ。
だから僕たちがYouTubeを利用できるということは重要だ。
YouTubeを使って、僕たちはがほかの誰かと繋がり、アイデンティティを確立し、ブランドを作り出し、世界に認められることができるようになった。
YouTubeが僕たちのレコード会社だ。
レコード会社も大量のお金をまき散らして、自分のアーチストをブランドにしようとしているが、彼らは、本当のやり方がわかっていない。彼らのやり方には信頼性がない。
レコード会社は終わった方法に固執している。僕らの方が音楽づくりにも、ブランディングにも長けている。観衆が誰かを構想する力も持っている。僕たちは、人間として、観客に真剣に向き合っている。それ以外に実質などいうものはない。そういう場でしか、人間の間の真のつながりなど生まれはしない。」
MacklemoreもCD販売にはレコード会社を使っている。
CDがいまだに売れるからだ。
しかし彼は、そのレコード会社のその機能を使っているだけだ。
問題はMacklemoreが例外的な存在なのか、それとも新しい波のはじまりなのかということだ。
短期的には、私は例外だと思う。
しかし長期的には、答えははっきりしない。世界が変化しているのは事実だ。
さっきのLefsetzは、映画で起こったようなことが音楽でも起こるはずだという。
ケーブルテレビやレコード会社のやり方は、お金を壁に投げつけて、運よく何枚かが貼りつくのを期待するような最低のやり方だと。
しかしBuzzFeedのようにアーチストが自分のブランドを作り出すためのコントロールを得ることに意味があるというのが彼の主張。
筆者は、結びで、スターになることができるとということと今スターであるということには大きな違いがあるという。
そしてこれがTidalの最大の問題。Tidalのお仲間の今のスターたちは、1ストリーム、数セントの仕組みがいいかもしれない。
でも音楽業界の未来を決めるのは、彼らではない。明日のスターたちなのだ。明日のスターたちのインスピレーションの源になるのは、Jay Zではなくて、Macklemoreではないかと思うのは私だけだろうか。(以上)