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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

音楽の時間:村上春樹 ブライアン・ウィルソン

インターネットは音楽業界を粉々にしている。しかし音楽そのものを破壊しているのだろうか。

 

レコードという媒体への録音技術が発明されたことで、それまで存在しなかった音楽業界というものが誕生した。それまでは、ミュージシャンは、特定の場所での演奏に対する収入で細々とくらしていたに過ぎない。今でも、一握りのトップアーチストを除けば、その状態はあまり変わらないのかもしれない。

 

インターネットという技術が音楽の創造と視聴という行為の様相をどのように変えていくか。新しい物語は始まったばかりで、僕たちは、その行方をほとんど予測できていない。

 

でも、既に、僕たちの音楽との向き合い方は劇的に変化している。

 

昨日行きつけの神保町の東京堂で、村上春樹の「意味がなければスイングじゃない」を買った。彼の小説はすべて読んでいるが、小説以外の文章の中には、手を出していないものも多い。この音楽エッセイも、何度も立ち読みするわりには、結局、読み通すことがなかった。

 

Amazon.co.jp: 意味がなければスイングはない (文春文庫): 村上 春樹: 本

 

今回買った理由は、ブライアン・ウィルソンである。フジーリの「ペットサウンズ」の余韻もあって、ビーチボーイズ関連の本を探していた。ブライアン・ウィルソンの評伝はちょっと重すぎるし、厚すぎる。ビーチボーイズのことを書いたほどよい音楽エッセイのようなものを探していた。

 

本屋の書棚の村上春樹の文庫を眺めていた。取り出した「意味がなければ」を開いて、目次を見ると、なんと、ブライアン・ウィルソン

 

早速、買いこんで、喫茶店に入った。

 

ブライアン・ウィルソン;南カリフォルニア神話の喪失と再生

 

村上はホノルルにいる。ホノルル・マラソンに参加する目的だ。真剣にマラソンマンなんだ。前夜祭(ルアウ)として開催されるブライアン・ウィルソンのコンサートが始まるのを待っている。ハワイでは珍しい雨模様だ。彼は何度目かのブライアン・ウィルソンのライブをビールを片手に待っている。

 

彼が初めてビーチボーイズに出会ったのは1963年。村上春樹は14歳だった。そして最初に聴いたのがサーフィンUSA。

 

www.youtube.com

 

『机の上にあった小さなソニートランジスタ・ラジオから流れてくるそのポップソングを初めて耳にしたとき、僕は文字通り言葉を失ってしまった。彼がずっと聴きたいと思っていたけれど、それがどんなかたちをしたものなのか、どんな感触をもったものなの、具体的に思い描くことができなかった特別なサウンドを、その曲はこともなげにそこに出現させていたからだ。それはきわめてナチュラルでありながら、同時にきわめて意志的なサウンドだった。構造的にはきわめて単純でありながら、同時にきわめて精緻な感情を伴った音楽だった。僕を惹きつけたのは、たぶんそのような鮮やかな相反性だったのだろう。ちょっと大げさに言えば、まるで頭の後ろを柔らかい鈍器で殴られたような衝撃があった。「どうしてこの連中には、僕の求めているものがこんなにはっきりとわかるのだろう?」』

 

14歳というのは人間が、自分の実存の条件についてもっとも鋭敏な状態になる時期だという。池田晶子が14歳からの哲学という本を書いたのは、単に中学生向けの哲学入門を書こうとしたのではない。14歳が大事だったのだ。

 

Amazon.co.jp: 14歳からの哲学 考えるための教科書: 池田 晶子: 本

 

そんな14歳をビーチボーイズのこの曲が不意打ちにした。

 

今、僕たちはインターネットのおかげで、1964年のライブ映像を見ることができる。14歳の村上を捉えたセンセーションが何だったのかを具体的に推測することができるのだ。

 

インターネットは、「音楽」を粉々にするかもしれないが、そこから間違いなく新しい僕たちの音楽を生み出していく可能性を秘めている。

 

ブライアン・ウィルソンが目指した音楽とは全く違ったものを市場は期待した。

 

無害なポップミュージックを期待されたビーチボーイズは、自分の音楽を追求するウィルソンとそれ以外のメンバーに分裂していく。

 

『大衆にとってビーチボーイズとは、「サーフィンをするドリス・ディ」に過ぎなかった。そしてそのような大衆は、ブライアンが音楽家として成熟し、その音楽が表層的なポップ性を薄め、精神的な深みを増していくことを受け入れようとはしなかった。彼らはブライアンの作り出す新しい音楽を無視し、黙殺し、ある場合には腹をたてさえした。』

 

ブライアン・ウィルソンが自分の感受性の重みによって、心を崩壊させ、薬がそれをさらに追い込んでいく中、懐メロバンドとしてのビーチボーイズがツアーを続けるという悲劇が継続することになった。

 

1971年にブライアン・ウィルソンはその孤独な心をアルバム「サーフズ・アップ」のTill I Dieの中で歌っている。

 

僕は海に浮かぶコルクだ

荒れ狂う海を運ばれている。

僕は強い風に吹かれる葉っぱだ。

すぐにどこかに吹き飛ばされてしまうだろう。

(Till I Die)

 

www.youtube.com

 

http://j-lyric.net/artist/a0516b8/l019e2b.html

 

村上春樹はこの短い文章の中でブライアン・ウィルソンの崩壊と再生を、いくつかの曲に耳を傾けながら、静かに語っている。

 

僕は、この文章を、肉声で聴きたいと思った。

 

音楽を初めて聴く場所も、音楽を語る言葉を聴く場所もラジオだと思われてならない。