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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

音楽の時間:ビーチボーイズ 「ペットサウンズ」

 

あからじめ白状しておいた方がいいかもしれない。

 

高々200ページ足らずの小さな本なのに、簡単に読み終えることができなかった。

 

何年も前から、何度も、読み通そうとしながら、そのたびに途中で挫折した。

 

挫折しても挫折しても、読もうとしたのだから、どこかに、魅力を感じていたはずだ。

 

その魅力を一言で言うことができなかった。だから何度も挫折したのかもしれない。

 

 

ビーチボーイズブライアン・ウィルソンが、ペットサウンズ(1966)という、その後のコンセプトアルバムの先駆けとなる傑作を作るまでの過程と、永遠の少年であるウィルソンの哀しさが克明に描かれている。

 

 

(アルバムというもの自体がテクノロジーによって消滅しつつある中、僕たちはもう一度、自分たちが何を失ったのかを考えるべきなのかもしれない。)

 

書いたのは、ジム・フジーリというロック評論家兼ミステリー小説家。

 

ビートルズの傑作アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」(1967)に大きな影響を与えながら、十分な評価を得たと言えない「薄幸の」アルバムとその創造者に対する愛情があらゆるページから溢れだしている。

 

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音楽に対する愛情が深い村上春樹がこの本を見つけ出して、自ら翻訳した。

 

魅力のかなりの部分は村上春樹が見つけたことにある。彼は、僕にとってもっともすぐれた選曲家のようなところがある。小説以外の彼の本では、その選曲眼を楽しんできた。

 

もう一つの魅力は、途轍もなく、詳細なライナーノーツのような文章だ。

 

たとえば、こんな部分。

 

『「素敵じゃないか」(Wouldn’t it be nice?)の中にある「方向感喪失」に似た感覚は、ひとつにはコード・チェンジによってもたらされている。AメジャーからCメジャーに、それから「nice」の歌詞の部分でFに変わる。それは理にかなってはいるが、通常のポップ・ソングの世界ではとくにラジオでのヒットを念頭に置いた曲作りにおいては、まずありえない展開だ。』

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幸いにも、ギターやピアノでコードを押さえるぐらいはできるので、こんなパッセージも魅力的だ。ペットサウンズを構成する中心的な曲がもっと克明な筆致で語られていく。

 

YouTubeの時代だから、こういった引っ掛かりどころが多すぎるというのも、読み終えるのを邪魔する要素だった。でもそれだけで説明することも難しい。

 

読み終わった文庫本をもう一度開いてみた。ほぼすべてのページに傍線を引いている。

 

村上春樹が訳したこの本は、それほど、誰かに伝えたい言葉であふれている。

 

1ページ読むごとに、自分の思いが溢れてくるので、伝えたい言葉が決められないのだ。

どういう本かを一言で言い切るのが惜しかったのだ。

 

そもそも自分が読んだ本のことについて何かを書くのは何のためか。

 

シンプルに考えれば、自分がその本にどう感動したのかを伝えるためだ。自分というコンテキストの中で、それがどれだけ特権的な場所を占めているかを人に誇りたいという思い。

 

ペットサウンズには多くの可能性がある。自分の青春におけるビートルズの意味、そしてその影に隠れながら、得も言われぬ風情で、青春のイメージを与えくれたビーチボーイズのサウンド。繰り返し聴いたビートルズのメロディーが飽和点を迎える中で、背景から突然現れ、青空一杯に拡散してく彼らのメロディーそして歌詞。

 

ビーチボーイズは、大人になりたくない少年のための音楽だ。

 

『自分にぴったりの場所を僕は探している。

自分に心をそのまま言葉にできる場所を。

いつまでも一緒にいたいと思える人々を、

みつけようと努めている。

僕にはアタマがあるってみんなは言う。

でもそんなもの何の役にも立ちやしない。

残念だけどね。

ものごとが再び動き出すたびに、

今度こそうまくいきそうだって気がする。

でもほら、必ずどこかでおかしくなっちゃうんだ。

ときどき僕はすごく悲しくなる。

僕はきっと、間違った時代に生まれたんだな。』

 

(I guess I just wasn’t made for these times.)

 

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子供の時に、今の自分には、居場所がないと感じなかった人はいないはずだ。

 

大人になると、一種の諦めと現実感でそんなことを考えなくなるだけだ。

 

年を取れば取るほど、ここは自分の本当の居場所じゃないという気持ちは実は強くなっている。ただあえて麻痺させた感受性がそれに気づかないでいてくれるだけだ。

 

こんな気持ちを誰かに伝えたくはないか。それだけでいいなら、僕はこの本をすぐに読み終えて、キーボードに向かっていたはずだ。

 

じゃあいったい何故。

 

何年か立ってようやくわかってきたことがある。

 

この本を読むべきなのは、僕ではないということだ。

 

細かいコード進行から、ブライアン・ウィルソンの脆弱な魂を読み取ろうとするフジーリ―/村上の文章を本当に読むべきなのは、僕のように、音楽の時間は音楽の時間、歴史の時間は歴史の時間としっかりと時間割を整理して生きてきたような人間ではない。

 

時間割をどこかに置き忘れて、時間のたつのも忘れて、一つの音や言葉に没入していた子供たちだ。時間割を置き忘れた代償を代償と考えず、静かな表情で、今も、自分の人生を自分のリズムで生きている人だ。そんな友達を、どこかで羨ましく思いながら、どこかで見下そうとしていた美しいとは言えない自分の姿がある。

 

でもわかったことがある、時間割をいくら上手に整理したところで、自分の人生というのはそんなにきれいに整理しきれないということや、しっかりと整理された果てにあるのが、荒涼とした空虚だということだ。

 

そんな彼らに伝わった時、ブライアン・ウィルソン、ジム・フジーリ、村上春樹と繋がる純粋さというバトンは宇宙的共鳴を起こすのではないだろうか。

 

僕にできるのは、最後にこのバトンを受け取るべき人に、このバトンの存在を知らせることだけなのではないのだろうか。

 

自分とこの本の距離感を理解するために、何年もかかってしまった。

 

最後のこんな文章は、バトンが伝わった時に訪れる祝福の中に、僕の居場所もありそうな希望を与えてくれるかのようだ。

 

『このような未来の世界に一人の少年がいる。彼はひどく怯えている。世界は大きな、不吉な場所だ。そして彼には頼るべき人もいない。誰も彼を理解してはくれない。ほら、ちょっとこれを聴いてごらんよ、とそんなときに誰かが言う。

 

「ペット・サウンズ」だ。

 

チャイムのような音のするギター、天国に上り詰めていくようなヴォイス。そこには生き生きとした感情がある。心が剥き出しにされる。まもなく少年は知ることになる。自分は一人ぼっちではないのだ、と。そして世界は再び回り始める。』

 

 

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