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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

政治の時間:Simon Kuper なんでも前大戦に結びつけるのはそろそろやめよう

前回のワールドカップの頃は、彼のニュースが楽しみだった。彼のサッカー関係の本や、コラムは日本語にも多く訳されていて、人気がある。

 

Simon Kuper。

 

 

そんな彼が、現代の政治状況を第二次世界大戦と比較して語るやり方がようやく欧州では廃れはじめたというコラムをFTに載せている。

 

政治と外国における言葉の問題が気になってならない僕には、見逃せない内容だった。欧州ではようやく過去として整理されつつある第二次世界大戦が、アジアの近隣諸国との関係の中では、いまだに生々しいリアリティをもって利用されているという危険性を痛感する。

 

http://www.ft.com/intl/cms/s/0/46e9627e-eeb0-11e4-a5cd-00144feab7de.html

 

そのうちロボットが政治家のスピーチを書くようになるだろう。これは技術的にもそんなに難しくはない。

 

米国とイランの核交渉でも、どんなアナロジーが使われるかは、明白だった。第二次世界大戦時のイギリスの対ヒットラー宥和策だ。

 

共和党の大統領候補Ted Cruzの発言は、ロボットに書かせたような感じ。曰く、

 

「今交渉されている取引は1938年のミュンヘンを思い出させる。」

 

前にも、Cruzはオバマケアを認めた議員を、1940年代のヒトラー宥和政策を支持した人に譬えた。

 

テッド・クルーズ - Wikipedia

 

欧州の戦後70周年が祝われる今こそ、現在の政治状況と第二次世界大戦当時を比較するのをやめるべきだろう。

 

前大戦時の記憶がベトコンから今日のジハーディストにいたるまであらゆることに対する我々の反応を形作ってきた。

 

しかしこのアナロジーは決してうまく行かない。このアナロジーによってコストが高くつく過ちに繋がることも多い。

 

幸せなことに、比喩にナチスを使うと一笑に付されるようになっている。

 

1990年に、オンラインフォーラムの初期に、アメリカ人弁護士のMike GodwinがGodwinの法則なるものを発表した。

 

インターネットで話題が広がれば、広がるほどの議論が長くなると、ナチスヒトラーに比較が行われる確率が1に高まるというのだ。

 

Gowdinはのちに「誰かをヒトラーナチスに譬える人はもう少し真剣にホロコーストのことを考えるべきだろう。」と述べた。

 

実際、現在民主政治の分野で何かをナチズムに譬えたものは、議論が破綻しているとみなされることになる。 

 

税金の抜け穴を埋めようとする民主主義的努力を、ヒトラーポーランド侵入に譬えた、アメリカの億万長者Steve Schwarzmanは、最終的には、それが不適切なアナロジーだったことを認めなければならなくなった。

 

今のドイツとナチズムを結びつけるのは欧州広しといえども、ギリシアのタブロイド紙ぐらいだ。

  

しかしこの宥和策のアナロジーは西側の外交論争に影響を与えてきた。

 

朝鮮戦争、1956年のスエズ侵略、ベトナム戦争、二回のイラク戦争も、すべてこの宥和策に対する警戒からはじまった。

 

2003年までこの記憶が英米の戦争へ向かう気運に大きな影響を及ぼしたのである。

 

ナチズムとの比較はたいがい間違っている。イランやイラクヒトラーと比較するのは誤解を招く。イランのリーダーもサダム・フセインも暴君かもしれないが、ヒトラーとは決定的に違っている。ヒトラーには彼らが持っていない、巨大な軍事力とグローバルな野望があったからだ。

 

このミュンヘンとのアナロジーは使う側が便利に使う傾向が強い。簡単に自分が正義の味方で、自分が属する国家コミュニティを、大戦中の勝者である同盟国側にみなすことができるからだ。

 

しかし第二次世界大戦でさえ、完全に正義の味方と悪者の対立とは言い切れない。

 

フィンランド人の歴史家に、フィンランド人はヒトラー側に立って戦ったことを恥と思っているかと質問したことがある。すると、逆に、イギリス人はスターリンの側に立って戦ったことを恥と思いませんかと問い返された。一本取られた瞬間だった。

 

アメリカ人は特に、第二世界大戦のプリズムを通して現代の欧州を見る傾向が強い。亡くなったイギリスの歴史家Tony Judtはかつて私に、欧州の歴史のうち、その頃のことしかアメリカ人は知らないからだと言った。欧州のユダヤ人に対する今日のジハーディストによる脅威は、欧州の国家と、ほぼすべての文明国の市民に対する少数の殺人者たちとして、同時代的な用語で理解されねばならない。

 

ホロコーストのアナロジーは、当然ながら、いまだユダヤ人に生々しい思いを引き起こすだろう。

 

ホロコーストの現代的解釈としては二つの考え方がある。

 

イスラエルの首相ベンジャミン・ナタニヤフは保守的解釈を採用している。曰く、ユダヤ人は常に危険にさらされている。

 

リベラルなユダヤ人の解釈は、脆弱な少数民族はすべて、常に危険にさらされているというものだ。

 

さすがに、西洋諸国においては、第二次世界大戦のアナロジーは色褪せ始めている。それに代わって、イラク戦争が、将来の戦争の可能性を考えるうえで、言及される歴史になったからである。

 

未だに第二世界大戦が現代という時間を覆い隠しているのは中国である。1945年以降の数十年間、中国共産党はほとんどこの戦争のことを言及しなかった。その理由は主として、中国の戦時のリーダーがそのナショナリスト的敵である蒋介石だったからである。

 

1980年代に、共産党ナショナリズムに舵を切るなかで、彼らはこの戦争のことを大声で話すようになった。普通の中国人の多くがこのテーマを取り上げるようになった。中国のソーシャルメディアでは、日本人は戦時の蔑称である小鬼と呼ばれるようになっている。

 

オックスフォード大学の中国史の専門家 Rana Mitterは雲南省抗日愛国ホテルに滞在したばかりだ。このホテルは日本人客を受け入れていない。

 

安倍首相が軍事力を強めるために、憲法改正への動きを強める過程で、中国側からどんどん日本の戦争中の残虐行為についての写真が発表されるようになったことを彼女は指摘する。

 

中国人もこのアナロジーによって間違いを犯しつつある。日本の軍艦は新しい1940年代の大東亜共栄圏(Greater East Asia Co-Prosperity Sphere)構築のために出動するのではない。そうだとしても中国がアジアの秩序再編をもくろむとき、第二次世界大戦は引き続き便利なのである。その意味で中国におけるGodwinの法則はしばらくは色あせることはなさそうだ。(以上)