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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

「6歳のボクが大人になるまで。」;人生は、小さなモノやコトへの記憶の蓄積

Boyhoodという映画の面白さを一言で書くのは難しい。

 

youtu.be

物語を一言でいうことは簡単だ。離婚した夫婦が、子供二人を12年間、つかず離れず育てる話だ。彼らの人生は人に説教できるほどうまくはいっていない。しかし自分たちの人生がうまくいかないことのままに、彼らは、自分の子供たちに自然に人生というものを教えていく。

6sainoboku.j

 

別に、取り立てた事件が起こるわけでもなく、サスペンスがあるわけではない。

 

しかし観客は、何か、通常ならざるものを目撃している感じになる。

 

この映画は、12年間、毎年数日、同じ俳優たちを集めて、撮りためた12回の現在の集積なのだという事実。12年間に及ぶ毎回の数日という今が、12年間経た今、写真アルバムという形ではなく、3時間近く一つのつながりとして目の前に提示されている。そこに存在するのは、まぎれもない12回の今、その瞬間なのである。

 

青春映画のバッドチューニング(Dazed and Confuzed)でリンクレーター監督の作品に出演して以来の親友というマシュー・マコノヒーとの面白い対談記事があった。

 

その中には、リンクレーターがBoyhoodという映画を撮るにいたる経過や、彼の禅に影響されている時間観のようなものが現れている。

 

Richard Linklater - Page - Interview Magazine

 

マコノヒーの、ある意味で、君の映画はいつもPersonalだねという指摘に対して、Boyhoodを撮っていた時期の話をリンクレーターはこう語っている。

 

「今となるとはっきりわかるんだが、自分に子供ができると、それ以前よりも、はるかに、彼らの生活と現在時制でかかわることが多くなる。その頃の自分の人生と比較したり、まじりあったりするようになる。それは極めて面白い屈折だった。」

 

自分の親としての実感の中から、Boyhood(少年期)というものへの関心が向いた。

少年期をめぐる映画ということでいろいろなことを考えた中で、突然思いついたのが今回のアイディアだった。

 

同じ俳優に一つの家族を演じてもらって、毎年少しずつ撮影したみてはどうだろうか。子供たちは成長し、両親たちは老いていく。ある意味、シンプルなアイディアだが、現実の映画製作という観点からはもっとも実用的とは言えないアイディアだった。

彼の映画作りについてのコメントには、他の映画(Before三部作とスクールオブロックしか見てはいないが)にも通じる彼の映画哲学が表れている。

 

「振り返ってみれば、自分の人生の本質というのは、自分が記憶しているちょっとしたモノや些末なことなのだ。こういう些末なものが蓄積されて何かになるという効果を最大に活用した。何か、すなわち感情や経験のようなもの、それはまさに人生の満ち引きを反映している。私はPlot中心の映画作りをするタイプではない。プロットは作り物すぎるからだ。自分の人生にプロットなんてあるか。人生の中には様々な個性(Characters)が存在するし、
物語は存在する。人生はストーリーや様々な登場人物でいっぱいだが、プロット(筋)などはない。」

 

時間の経過をめぐる、もう一つの驚くべき傑作であるBefore三部作の、最新作であるBefore Midnight(2013年)の中では、小さなものに対する記憶と時間というものが、美しいセリフで語られているが、そんなところにも通奏低音のように響いているLinklaterの時間観、生きるということに関する哲学がとても魅力的なのだ。