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Tidalというプロレタリア革命?

音楽というものにお金を払わなくなってから久しい。

 

ウォークマンという音楽鑑賞の革命にさらされたのち、Sonyの衰退と、年齢が上がっていく中で、どんどん、音楽というものから遠ざかっていき、音楽にお金を払うということがなくなっていった。

 

デジタル配信戦争も、自分ということから考えたい。

 

ぼくにとって音楽とはどういう意味があるのか。その音楽というものがこの世からなくならないように、どんな形で、どれくらいのお金を、誰に対して支払うか、支払い続けるか、そんな風に考えるんだろう。

 

音楽というものを作り出している普通の貧乏なミュージシャンにとって、Tidalはどういう意味を持ちうるかという視点から、The WeekにJeff Sprossが良いコラムを書いている。

 

Tidalは戦う相手を間違っている

http://theweek.com/articles/547571/everyone-including-jay-z-getting-tidal-backwards

 

Alicia Keysが錚々たるミュージシャンを代表してメッセージを読み上げた。音楽の歴史を決定的に変化させるのだという堂々の独立宣言。

 

彼らが、立ち向かうのは無料配信でミュージシャンの「得べかりし利益」を奪う巨大配信プラットフォームのSpotify

 

Tidalのサービスは、標準音質の場合は月額9ドル99セント。

 

最高音質(Premium access)は19ドル99セント。

 

他のサービスの2倍以上。しかも、無料オプションはない。

 

もっとも衝撃的なのは、Tidalの株主の大半がアーチスト自身だということである。結果、アーチストはTidalの収益に参加する。

 

アーチストがTidalを通じて、対抗すべきは、Spotifyじゃなくて、レコード会社だ。

 

(人気シリーズのEmpireにも、ベレッティという悪役のレコード会社社長が出てくる。音楽というのは、そもそも、搾取型のマフィアビジネスだったわけで。)

 

こういう仕組みを本当に必要としているのは、記者会見に出てきたような綺羅星たちではない。

 

普通の貧乏なミュージシャンの生活の仕組みはというと。

 

無名のバンドが、アルバムを制作するのはきちがいじみているとは言えないまでも高くつく。機材、スタジオ代、そのたもろもろで8000ドル。ツアー用のバンを借りるのに、3000ドルから4000ドル。

 

こういったバンドは、日中はウォルマートなどで仕事しながら生計を立てている。音楽活動となると、自分たちで夜通し車を運転して、演奏一回につき400ドルもらい、自分のチケットやTシャツやCDを自分で販売するという日常である。当然ながら莫大なコストがかかるわけではない。

 

きちがいじみた費用がかかるのはJay Zクラスのミュージシャンの話である。

 

プロデューサー、ミキサーに数万ドル。

 

マーケティング、旅費、プロモーション、CD制作等に数十万ドル。

 

こういったコストのすべてはレコード会社が事前に負担する。その後、アーチストにお金が行くようになる前に、それを回収する。当然、レコード会社が実質的にすべてを支配している。ストリーミングサービスとの取引を決めるのもレコード会社の思うがままだ。

 

今回最初にTidalに加わったのが、大物やJayZの会社のアーチストなのはある意味当然。彼らはすでに守られているし、そもそもこんなモデルは必要がない。

 

Taylor Swiftにしても、切実な自己防衛でSpotifyと対決したわけではない。むしろ理念の問題という意味では、Tidalの独立宣言に近い響きだ。

 

繰り返すが、本当に助けがいるのは、私たちの街のバーで演奏しているような低所得から中所得のミュージシャンたちなのだ。

 

突然敵役に祭り上げられたデジタルプラットフォームは、CDを制作して、それを郵送するより、インターネットで電子データを配信する方が劇的に安いという事実を実行しているにすぎない。ダウンロードからストリーミングへとデジタル配信がシフトしていけば、ユーザーあたりの収入はもっと減るだろう。ただ、今よりもはるかに膨大なユーザーに配信できるようになるというストーリー(幻想?)で業界は動いている。今までよりは少ないが、予測可能、経営可能なビジネスモデルだという話だ。

 

問題は誰がこの収入を得るか。これまでのところレコード会社とデジタル配信プラットフォームがデジタルの破壊力を使って、お金の流れを抑えにいっている。

 

Tidalの打ち上げた、現場の労働者であるアーチストによる所有というのはこの産業構造の中では決定的に重要である。今のままでは、何も変わらない。この構造を壊さなければ、現場のお金をもっと必要とするミュージシャンのもとにお金は届かない。

 

ただ正しくこの問題を理解するには、ストリーミングは配信手法(distribution)に過ぎないということを理解する必要がある。

 

Tidalが目指すべきはストリーミングサービスではない。アーチスト所有のレコード会社を目指す。それがたまたまストリーミングをしているだけの話なのだ。

 

本当にこのモデルを必要としているのは、お金のないアーチストたちだ。

 

ローカルバンドが小さなアーチスト所有のレコード会社の株主になったとしよう。協同組合的モデルはアルバム制作、ツアー、広告用に一定の資金提供を可能にする。Roc Nationのような大手を必要とするほどの金額じゃない。この仕組みで収益が生まれれば、一部はバンドの手元にもお金が残るはずだ。

 

このモデルにもいくつかの問題がある。なかでもミュージシャン所有のストリーミング型レコード会社が広告を通じて必要資金を稼ぐことができるか。

 

Tidalの有料ユーザーは51万2000人にすぎない。これに比べるとSpotifyは有料ユーザーが1500万人、無料ユーザーが4500万人とスケールが違う。アップルやその他の巨大企業も今年有料ストリーミングサービスを始めようとしている。

 

最後により根本的な問題。

 

20世紀という時代の方が特殊だったのだと言う意見。

http://thinkprogress.org/culture/2015/04/01/3641284/will-jay-zs-new-streaming-service-live-hype/

 

それまでは、音楽は物理的媒体に記録することなどできなかった。ところがこの時代、録音というイノベーションが生まれ、音楽産業という巨大な産業を生み出した。そしてそれが今、デジタルによって解体されつつあるのだ。その意味では、アーチストに対するフェアな支払というのは、時代の仇花に終わる可能性もある。結局、音楽によっていい生活をするというのは難しいという現実がまた戻ってくる可能性が高い。

 

(このあたりは、インターネット時代におけるデジタルの破壊力のすさまじさとそのスピードを実体験している僕たちには、他人事とは思えないほどの切実さを感じる。)

 

その意味では、音楽を続けているという夢の代償として、今でも、つつましい生活を受け入れている多くのミュージシャンたちのために、日常のバイト、国の補助、ストリーミングからの収入などを組み合わせることによって、僕たちの暮らしに潤いとゆとりと、生きがいを与えてくれているアーチストという人々に報いるというのは、決して、過剰な夢とは言えないはずだとSprossはその見通しのよいコラムを終えている。