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21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

エジプト革命に、日本の財政危機を思う

ツイッターを眺めていたら、ジャック・アタリが日本の財政破綻は5年以内と言ったとかいうツイートがあった。

財政破綻の議論の中で、その前提として以下のようなことが良く言われる。

高齢化がすすむので日本人全体が貯蓄するより銀行からお金を引き出す方が多くなる。すると銀行がその預金引き出しのために国債を売らなければならなくなり、全体としても売り越し気味になる。


日本人がとりあえず預金するという行動を取るため、膨れ上がった預金負債に見合った投資案件が見つからない日本の銀行が、日本国債の受け皿になってきた構造が崩れるため、日本政府は円滑な新発国債消化のために外国人投資家の比率を高めるしかなくなる。支払金利も高くなり、格付機関の評価に一喜一憂せざるを得なくなる。まるでそれはギリシアと同じである。

昔から、どうも良くわからないことが一つある。高齢化を待たずとも、日本人が自分の資産運用に目覚めたらどうなるのか。実際、個人投資家が豪ドルやブラジルレアルの円キャリー取引を既に行っているのは有名だ。日本の証券会社が大量にブラジルレアル建ての債券を個人投資家に販売するというような活動である。しかしその円売り圧力で円高トレンドが変化したという話は聞かない。これは単に量的なものなのだろうか。

多くの日本人預金者が、大挙して日本の銀行から預金を引き出して、海外の資産運用会社に資金運用を任せ始めたとしよう。資金運用者は日本人のために、円と外貨のポートフォリオを組むことになる。

そうすると、日本の銀行にあった日本人の預金は、日本人の預金だが、外国の銀行や、資産運用機関が運用する円貨資産は、日本人の預金ではなく、外資とカウントされるのではないだろうか。

そうすると、瞬時に、日本人が貸しているから大丈夫という構造は消滅する。

それには、5年もかからない。

そうすると、日本の財政破綻は必至かというとそんな気もしない。

自分のことを考えてみよう。積極的に海外で運用したいだろうか。これまでの強烈な円高トレンドを考えると、海外で何をやっても、円高の一振りで為替差損を食らうのが日本人の資産運用の歴史だった。

円高なのだから、海外の住んでも良い国に家を買って、その国の通貨建てで預金をして暮らせばいいのだが、超富裕層にはそれは可能だとしても、生活の資金を稼ぎ出すということからすると、これは皆に可能な選択肢ではない。

さらに外交政策における独立性を持たない国家の国民には本質的な意味での海外移住は難しい。国籍を変えるぐらいの勢いが必要になる。しかし移民したからといって、大切されるとは限らない。

お金があるのならば、こんな住みやすい国はないのだから、なんとか、日本にいながらにして、海外資産運用をしたいとすれば、円よりも強い通貨でなくてはならない。

いまどき、円より強い通貨といえば、人民元ぐらいである。外貨準備が巨大で、ヘッジファンドに売り崩されるリスクがない通貨は本当に数少ない。マルクが単独で存在していれば、人民元とマルクだったが、ユーロになった瞬間に、その脆弱さが生まれ、今回のユーロ危機で明確に顕在化した。

信用リスクがない人民元建ての預金が可能で資金凍結のリスクがないのならば、それが最適だ。

中国政府も、量的にそういった可能性は制限するだろうし、日本人が、そこまで中国を信用することもないはずだ。

すると、なかなか、日本人投資家が、瞬時に外人投資家に変わるということも起こりにくく、一夜にして「日本国民が貸しているから大丈夫」というメカニズムが崩壊することはなさそうだ。

だからといって、財政危機は心配ないということではない。

ただ財政危機になるにせよ、回避されるにせよ、その経路は、今、マスコミで喧伝されているものとは、全く違ったもののように思われるということだ。

ジャック・アタリではなく、この経路を決めていくのは、ぼくたちそれぞれの意思であり、インターネットという情報流通が、おそらくは、その大勢を決定する役割を果たすはずだ。

エジプト革命を見ていて、そんなことを思った。

オバマの今日のスピーチのこんな言葉。

One Egyptian put it simply: "Most people have discovered in the last few days that they are worth something. And this cannot be taken away from them anymore, ever."

過去数日で、多くのエジプト国民は自分達に何がしかの価値があることに気づいた。そしてこの気持を彼らから取り除くことはもはやできない。

日本という国を変えることがエジプトを変えることよりたやすいと言う気はない。

日本には日本なりの難しさがある。

日本はあくまでもアメリカの覇権の中で生き続けることを選んでいる。だとすれば、その中で、相対的に自分達の価値を証明するためにはどうすればいいのか。ぼくはそういう風に考える人間だ。

だから、日本のマスコミによって喧伝される日本の政局よりは、米国の政局や外国の政局を追いかけることに、自分の貴重な時間を使いたい。

そういった大きな枠組の中でしか、我々国民が、それなりの独自性を発揮することさえできないはずだからだ。