どうしてドイツ国債だけが安全だといえるのか
なぜ低金利の日本国債を日本人が買い続けるのかということが論壇をにぎわせるようになっている。たしかに、現実の投資行動がすべて緻密な論理に基づくものではない。特に金融危機のような状況で生じる動きは、表層の論理を繋げた条件反射的になってしまうものである。ただし、時間がたっても、その動きが続くとすれば、そこには、なんらかの緻密な論理が存在することの証明になるのだ。
市場は、間違う瞬間もあるが、中長期的には多数の人々の論理が醸成されてきて、現実を反映し、未来を決定していくことになる。
非論理的に見えるのは、日本人だけではない。
ユーロ危機の中で、域内の安全地帯として利回り低下が著しいドイツ国債の動きに対する違和感を分析する中から、ユーロを取り巻く次の危機の様相が見えてくる面白いコラムがフィナンシャルタイムズに掲載されていた。
元ニューヨーク連銀のDino Kosという人が書いたドイツ国債は見かけほど安全な投資とは思えないというコラム。
http://www.ft.com/cms/s/0/88d63870-7308-11df-9161-00144feabdc0.html
巨大財政赤字、ソブリンリスクの増大、先進諸国でのゼロ金利政策などの中で、投資家はいつも安全地帯を捜し求めてきた。
これまでのところドイツ国債が安全地帯として受け入れられてきた。
今年ドイツ国債の債券価格は8%上昇している。結果、10年もの国債利回りは2.5%にまで低下した。同年限の米国国債の利回りは3.2%。
欧州の周辺諸国で生じた危機が、ドイツ国債の直近の利回り低下の原因だ。
投資家は、ギリシア、スペイン、ポルトガルなどのリスクの高い市場から逃げ出したのだ。
欧州諸国の緊縮政策の実行(ドイツも含まれている)によって、今後の欧州の経済成長も覚束なくなってきている。
成長期待やインフレリスクが後退してくると、債券に魅力が出てくる。
ドイツ政府の財政政策は、近隣諸国に比べればかなり慎重なものである。
ドイツの財政赤字の対GDP比率も、フランスが7.5%、脆弱な周辺諸国が二桁赤字なのに対して、3.3%だ。
さらに、ユーロの構成に対して今後どのような変更が起こったとしても、欧州の居住者は、ドイツの銀行や国債に資産をシフトするというのが世の中の暗黙のコンセンサスだ。
だとすれば、投資家は急いでドイツ国債を買うべきなのか。答えは恐らくノーだ。
近年ドイツ国債市場のパフォーマンスがいいのは事実だ。しかしプラスの理由はは既に広く認識され価格に織り込み済みだ。
さらに重要なのは、EUやドイツの為政者がユーロ危機に際して行った政治的選択によってドイツ国債は今後魅力を失うことになったのだ。安全地帯へ資金が殺到する際には、こういった点は無視されている。
第一に、ドイツの納税者は、今後ドイツの国債だけを支えるわけではない。
ギリシアの救済は、当初はEUとIMFで共同で開始された1100億ユーロの規模だったがこれに大規模な7500億ユーロの欧州金融安定化メカニズムが続く。
こういった大規模支援は、金融安定化の観点からは不可欠だったのはわかるが、ドイツ国債を支えるのはドイツの納税者であるという伝統的考え方にはかなり反する動きであることに留意すべきだ。
これらの政治決定によって、ドイツ政府とEUは、EU諸国に対する請求権も、ドイツの納税者によって支援されるのだということを実証しつつある。
これが事実ならば、なぜドイツ国債を買うのだろうか。こういった一連の動きが今後すすむはずの共通の財政政策構築への初期のステップだとすれば、その過程で、周辺諸国の信用力の方が改善し、中心国の信用力が悪化するように思われる。
第二に、最近のECBによる信用力の低い欧州諸国の国債の買い入れの決定(405億ユーロ)は、ECBのバランスシートや、ユーロの今後についての疑問を高めることになった。
極限状況では、ECBのバランスシートを再増強するのは誰なのかというについての疑念まで論じられるほどだ。
そうなった場合には、ドイツは、応分とは到底言えない比率を負担しなければならないことになるはずだ。
さらに、デフォルトの確率の高い債券を購入することによって、ECBはクレジットリスクをとったわけで、実質的にはそこから生まれる損失はユーロ圏の全納税者によって負担されることになる。
ECBの組織としての信用力に疑念が生まれたために通貨ユーロの下落が生じた。
としてもドイツ国債が上昇するということは説明がつかない。
第三に、ドイツの財政は表面上は堅調だが水面下では、偶発債務増大のリスクが見え隠れしている。特に、ドイツの銀行システムがいまだ認識されていない損失を抱えているのは確かだ。Landesbanks(やその他の金融機関)の本当の状態はよくみえない。ひとたび、こういった損失が認識されはじめると、銀行は新しいEU(とバーゼル)の資本基準に合致するためには巨額の資本を必要とすることになるだろう。結局は、この資金も、政府が拠出しなければならなくなる。
最後に、ドイツ国債市場は、割高である。実質利回り(名目利回りからインフレ率を引いた数字)は約1.5%である。これは過去の平均の半分ぐらいの水準である。一言で言えば、リスクの割には、ドイツ国債を保有することのリターンは低い。
それでもあえてドイツ国債やドイツの銀行預金を保有するだけの説得力のある理由があるとすれば、投資家が、ユーロ解体の可能性が高いと考えていて、ユーロ保有分をドイツマルクに転換したいと考えているならば妥当なのかもしれない。
このシナリオが実現する可能性を排除することはできない。
しかしながら、ユーロ圏の官僚はこの点について常に明確だった。通貨連合は防衛され、デフォルトは想定されていない。
周辺諸国はユーロを脱退せず、中心国の納税者は将来の現金の追加請求を受け入れる余地があるという意味だ。
ユーロ解体の確率が低く、中心国から周縁国への資金フローが続くのならば、ドイツ国債をこんな低い利回りで買うことに何の意味があるのだろう。
投資家は暗黙に、欧州にとって悪いことは、ドイツ国債にとって良いことという形での賭けを行っているにすぎない。
しかし、欧州金融機関に対して疑念がもたれている時に、EUの最大の構成要素である、ドイツの金融機関がそれと別格の扱いをされる理由がわからない。
危機状況の中の資金シフトにおいて、こういった段階は、当然通り過ぎるものなのかもしれない。しかし市場の見方が変化すれば、それが危機の次の段階の兆しとなるのかもしれない。(以上)