OECD クルーグマンに反論(ニューヨークタイムス)
クルーグマンは、OECDの市場に先回りしてインフレ期待の高まりに今備えるべきというスタンスの危険性をThe Pain Caucusというコラムで痛烈に叩いた。
余計な先回りで、市場が今望んでいないことを、仕掛けることで、いまだな脆弱な景気に対して脅威を与えるのがこの手の輩だというのがクルーグマンの論調である。
「なぜこんなことをするのだろうか。彼らは、市場を意識している。ところが、今、市場が望んでもいないものを、あたかも今望んでいるかのように考えて、与えようとしているのだ。今、市場が米国政府の支払能力を懸念しているとは思えない。米国債の金利は史上最低水準で推移している。
市場はたしかに、米国の財政状況を懸念している。しかし、不況の中で歳出削減をしても、財政状況は改善しない。それにもかかわらず、政府の再建に対する姿勢が不適切だと、金融市場から悪い反応をひきおこすリスクがあるので、削減が必要だというのがOECDの理屈である。
最近世の中に流布しているこの社会通念を一言でまとめると、「市場が将来望むはずと思われるものを、今市場に与えようとすること」となる。市場を直視すれば、その兆しがないという事実にお構いなしに、こういった社会通念は流通する。
馬鹿げた考えに聞こえるかもしれない。実際、馬鹿げているのだ。かし現実にこういった見解が広がっている。そして既にひどい結果を生み出し始めている。」
(http://d.hatena.ne.jp/trailblazing/20100601/1275349639)
これに対する反論をOECDのチーフエコノミストのPier Carlo PadoanがNYTに投稿した。経済論戦の始まりだ。
ただPadoranさんのコラムが、詳細に、クルーグマンに対する反論になっているかどうかがいまひとつわからない。ただ、クルーグマンは、OECD,すなわち社会通念としての景況感よりははるかに厳しい見方をしていることだけは確かだ。ただこのコラムの書きっぷりだと、クルーグマンの批判するように、ただ闇雲にインフレ期待を阻止しろと言っているわけではなく、中期のインフレ期待と、足元の景気腰折れの相対立するリスクのトレードオフに気をつけろと言っているだけといいたいのかも知れない。
これに対してクルーグマンは、2年後のインフレ期待を阻止するために、市場に対して、利上げもありうべしという姿勢を示すなどというのは、現実の危うさを全く認識しない愚かさの極致だと言いたいのだろう。
どちらが正しいのか、それを客観的に見極める術などあるのだろうか。経済論戦で常に感じる何とも言えぬ不全感である。
http://www.nytimes.com/2010/06/05/opinion/05iht-edcounterpoint.html?ref=global
ポール・クルーマンはOECDの経済見通しに対して疑問の声を上げた。
彼は、OECDが事実上、「政策決定者は景気回復を促進するのをやめて、利上げをし、支出削減を開始すべきだ」と言っていると主張する。
グローバル経済は回復しはじめている。新興市場、とりわけ中国とインドが、景気回復の先導役だ。
世界貿易は、2008年末に崩壊し、その後、反発した。米国の景気は3四半期連続でプラスの成長率を継続している。
たしかに、我々は、いまだ、危機状態を脱したとはいえない。歴史に道案内を求めると、景気回復は比較的脆弱なままという答えが出る。
失業率はかなり高く、受け入れられる水準になるまでにはまだしばらくかかりそうだ。
米国では、失業率はピークをつけ、2011年以後も緩やかに下落すると考えている。金融市場はいまだに細心の注意を要する状態が続いている。そして最近は、リスクが過剰に見えたり、増大しているように見える場合には市場は強烈な反応を示す。
そのため、今は、政策決定者にとっては、いつになく厳しい環境だ。
中国などの新興経済の堅調な成長が続いている影響も部分的には影響しているとはいえ、足元の景気回復はほぼ、OECD諸国の金融緩和や財政出動が成功したことを反映しているといえるだろう。
このまま景気回復が進むならば、この異常規模の刺激策はやめなければならない。さもないと、別のバブルを生み出すことになってしまうだけだからだ。しかし刺激策を突然やめることは、景気回復を短命なものにしてしまう。そのため当面の政策判断は、これらリスクの間のトレードオフを意識せざるを得ない。かなりの程度まで、これはタイミングの問題だ。いつ、どれだけ迅速に刺激策を取りやめるべきか。
リスクのバランスはシフトしている。
とりわけゼロ金利政策や大規模な財政赤字を継続することのリスクは高まっている。
欧州で起きた一連の事件は、すべて財政赤字と公的債務残高の上昇についての警戒信号だ。
いまだ落ち着いたとはいえない金融環境でリスクマネジメントを行うためには、政府が市場に先立って、スタンスを明らかにしなければならない。さもないと、いくつかの政府が最近発見したように、市場は突如そして徹底的に政策運営の余地を狭めるのである。
確かに、全ての国が同じ状況にあるとはいえないが、どの国にとっても時間は残されていない。時間のなさに程度の違いがあるだけだ。
ギリシアのような国はどれだけ傷みが伴おうとも、赤字を今、減らす以外に、現実の選択肢はない。米国はここまでの状況に置かれてはいない。
オバマ大統領の赤字を今後5年間かけてゆるやかに減らすという計画は国債残高が危険な水準まで増大することを阻止することと、景気回復を維持することの間の良いトレードオフになっていると思われる。
金融政策に関して言えば、インフレが今リスクになっているかどうかが問題なのではない。実際、今はリスクではない。
むしろ2年後にこれが問題になっていないかどうかが問題なのだ。
先を見るというのは、この年末までに、金融刺激策をゆるやかに解除しはじめることを意味している。
実際、ユーロ圏、日本、英国、米国のゼロ金利政策は資本市場に歪みを与え始めている。金融政策のスタンスは、不景気が消えて、インフレ圧力が再び現れるはじめる前に正常状態に戻す必要がある。
ゼロ金利を解除するということは、インフレを抑えこむという強いコミットメントのシグナルになり、結果、市場に生まれつつあるインフレ期待を抑制し、市場金利をここ2,3年の間、押し下げる効果もある。
他方、緊縮財政がさらに徹底されれば、金利はもっと長期にわたって低下することになるだろう。重要なのは、政府が金融市場からイニシアチブを取り戻すためには、先を読まなければならないということである。
はっきりしておきたいのは、我々も米国の金融引締を要求しているわけではないことだ。
金融刺激策は、米国経済が完全雇用状態にもどるまで継続されるべきだろう。
ただ市場に対して後手に回って、後に突然の政策変更を余儀なくされないように先制攻撃をかける必要がある。
とりわけ、各国政府は、発生したインフレ期待を抑制するためにかなり後の段階で突然の利上げを行わねばならない羽目に陥らないようにしなければならないのだ。(以上)