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中国最強兵器、低賃金労働力の行方

ホンダの中国仏山工場のストライキも、大幅な賃上げで完全終結に向かったらしい。しかしホンダのストライキや、台湾のFoxconnの工場での若年労働者の自殺連鎖などの背景にあるものは何か。

ニューヨークタイムスのPhilip Bowringは、こういった事件は、これからの10年で生じる、中国における人口構成の急激な変化の予兆をなしているという見立てを行っている。

当然、それは、低賃金労働者によって創出された輸出競争力による成長というモデルが踊り場を迎えることを意味するのだ。

先細りする中国労働資源
China's Dwindling Resource

http://www.nytimes.com/2010/06/04/opinion/04iht-edbowring.html?ref=global&pagewanted=print

ホンダの中国南部の仏山工場のストライキ。アップル、ソニーなどの委託製造会社Foxconn工場での工員の相次ぐ自殺。

最近この地域に集まってきている若い移動労働者からの賃上げや、労働環境の改善要求が強まっている。

ある意味では当然の動きだ。中国の奇跡の成長の果実は、これまでのところ、国内外問わず、企業が享受してきた。その取り分を、今、労働者が要求しているだけのことともいえる。実際「社会主義」中国ほど、労働分配率の低い国はない。

しかし労働争議の活発化の背景にあるのはイデオロギーというよりは、無味乾燥な情報、人口動態である。今年の中国の就労人口(15歳から64歳)の対総人口比率が71.9%とピークをつけた。

この比率は、過去30年間着実に上昇を続けた。

1980年の一人っ子政策以前の出産ラッシュと、この人口構成が、過去30年間、中国の労働人口を年率33%で上昇させることになり、結果、中国南部に輸出向けタコ部屋的工場が急拡大した。
もう一つ注意しなければならない分岐点が5年後にある。

就労人口の絶対的規模が2015年にピークをつけ、その後、緩やかに減少しはじめる。

実際には労働人口は既にピークをつけている可能性が高い。理由は中国人の就学期間が伸びていることや、15歳以下の労働が減っていることだ。労働市場への女性の参加も今では70%であり、これ以上になるとは思えない。

労働者の数と同じ様に重要なのが、人口構成である。

若い人々の地方からの都市部への大量移住と、それに伴なう都市化と工業化が過去20年間の急激な経済成長の原動力となったというところもある。

この若者たちの中にある田舎のつまらない仕事から逃れたいという勢いが枯渇しはじめているのだ。台湾企業の鴻海精密工業Foxconn深圳工場での自殺や、ホンダのストライキの中心は主として20代だ。彼らは自分たちのような出稼ぎにやってくる若者の数が減っていることに本能的に気づいているのだ。地元の町や小都市にも仕事が増えているのである。

中国全体でも、15歳から19歳の労働者の数は1億600万人に過ぎないのである。
(20歳から24歳は1億2200万人)。

中国の就労人口において、40代と50代の人口は3億7800万人だが、20歳以下は2億7300万人に過ぎないのだ。若く、出稼ぎ可能な人口の低下が継続している度合いでは地方が最大である。

中国は経済成長を維持し、労働生産性を上昇させるために、別の方法を見つけなければならない段階に入りつつあるのだ。

実は、これはほとんど皆にとっていい話なのだ。喜ばないのは、何につけ管理支配に走る中国共産党と、投資というものが、生活を良くするための手段ではなく、自己目的だと考える人たちだけだ。

ストライキが頻発し、賃上げの要求がさらに高まると、中国経済全体における消費と投資のバランスが改善する可能性が高まる。投資も、収益性の悪いメガプロジェクトではなく、労働生産性の向上に向う度合いが高まる。技術教育の改善と、民間におけるイノベーションを起こす精神の奨励が、生産性を改善する主役になるべきなのだ。

大幅な賃上げは、中国の輸出競争力を失わせ、その結果、国際経済と、中国の低賃金労働者に深刻な悪影響を与えてきた貿易黒字削減に繋がることになる。
置いてきぼりになっていた個人所得が国民所得全体よりも速い速度で成長しはじめ、家計がお金をたくさん持つようになれば、政府主導の軍事拡大や体面のために行われるメガプロジェクトが減少し、マカオの賭博場での腐敗官僚のロンダリングも減ることになる。消費の拡大は、収益性を度外視した投資よりも、長期的にはこの国の経済安定性に寄与するはずだ。

課題もたくさん残されている。先ず、地方人口が高齢化したときの農業への影響が気になる。農地の移転が許可されたことによって、農業の機械化を可能にするだけの規模を達成できるだろうか。また地方の人口減少と水不足は食糧危機を引き起こさないだろうか。

こういった問題が顕在化するのは、まだかなり先のことだ。しかしホンダ工場のストライキは、こういった中国社会構造の急激な変化が起こるこれから10年の前兆なのである。(以上)