21世紀ラジオ (Radio@21)

何かと気になって仕方のないこと (@R21ADIO)

Freeをめぐる論争(Attention Economy)

最近、セマンティックウェブ分野で活発に投資しているユニオンスクエアベンチャーというベンチャーキャピタルの中心パートナーであるFred WilsonのA VCというブログを愛読している。http://www.avc.com/

今日のブログで、彼が、同僚のパートナーである、Brad Burnhamがクリス・アンダーソンのFreeという新著に対するMalcom Gladwellのニューヨーカーでの書評を契機として巻き起こったFree論争について、適格かつ論理的に評価したブログのことを紹介している。

今後のソーシャルネットワーク的世界の展開の中で、従来型企業(とりわけメディア)がこうむる影響を考察する上で、短いけれど、重要なコラムだと思う。Attention Economyと呼ばれる分野でのさまざまな主張についてのリンクが満載なので、是非、オリジナルも直接眼を通すことをおすすめします。(要訳しながらも、論理がすべて追えていない気もするので、是非、直接に)

http://www.unionsquareventures.com/2009/08/chris_and_malco.html

Andersonは、ウェブサービスを提供するコストはオープンソースソフトウェア、コモディティ化するハードウェア、安価な帯域コストなどのトレンドのなかで、低下しつづけることを主張している。これに対して、Gladwellは、このトレンドについては認めるが、YouTubeがビデオをホスティングすることはかなり高コストだと反論している。

GladwellとAndersonはまたメディアビジネスの未来についても自分たちのビジョンを戦わせている。

Andersonは、コンテンツはコモディティ化すると論じ、Gladwellはウォールストリートジャーナルの有料購読をプレミアコンテンツに対する有料モデルをコモディティ化に対する反証として提示している。

二人の議論はしまいには、豊さの経済(economy of affluence)をめぐる議論にそれていき過度に熱狂的なサイバーユートピア主義的なAndersonと、シニカルで、おそらく自己の利害からも、現状のメディアビジネスモデル擁護するGladwellの対立ばかりがめだつことになっている。

この論争は娯楽としては、楽しめるが、あまり満足のいく内容ではない。

Malcomの例はちょっと狭すぎるし、説得力にもかける。ウォールストリートジャーナルが購読モデルでしばらくやりつづけられたのは、ユーザーが個人ではなく、企業のクレジットカードで支払っていたからだ。YouTubeの本当のコストは帯域だけではなく、その巨大な規模そのものから生まれる本当のコストを有している。

他方、Chrisは、希少性がないため、経済学が人間行動を説明できなくなっている、いわゆる豊富さが支配する想像の世界へ安易に入り込みがちだ。

私も、ウェブの経済が、従来の経済とは根本的に異なっているというChrisの主張には同意するが、そうはいっても経済の基本法則はウェブに対しても適用されつづけるとMalcomの議論にも同意する。

私がこのFreeに関するこの論争についてフラストレーションを感じるのは、それがインターネット経済を産業経済の枠組みの中にむりやり組み込もうとする最後のあがきのように思えてならないからだ。どのみちそれはうまくいかない。Freeはプライシング、マーケッティング戦略でもなく、変動費が低い市場の不可避的な帰結でもない。それはより根本的な経済構造の変化の兆候なのだ。

どの資源が希少で、将来の資源配分においてどのような枠組みが用いられるかについての合意がない状況で、こういった論争をするのは、間違った論点で話し続けることになってしまう。

幸運なことに、多くの賢明な人々が、情報社会における希少性について長い間考えてきている。ノーベル賞をとった、経済、心理学者のHerbert Simonは、1971年に最初にこの論点について述べている。

「情報リッチな世界では、情報の富とは、何か別のものの欠乏を意味する。情報が消費するものすべてについての希少性が生じるのだ。情報が何を消費するかはむしろ明白だ。情報は情報の受信者の関心Attentionを消費するのである

Michael GoldhaberやRishab Goshによるattention economyの特性についての論考は、Freeという現象を論ずる際に強力な説明枠組を提供し、なぜFreeが近未来における支配的なメディアモデルになるかを説明しきっている。

複数のソースから、事実情報factが迅速に入手可能な世界では、基本的な情報は、コモディティー化してしまう。しかしこういった情報源が爆発的に増大すると、消費者にはとてつもない負担が生じるのだ。ナマの情報はコモディティであるばかりではなく、迷惑な存在なのである。そういった世界では、消費者は大量に存在する事実に対して希少で、適切な洞察insightを評価するようになるのだ。

コンピュータ科学者たちは、長年の間、テキストをデータマイニングすることで、洞察を得るためのアルゴリズム研究を行っているが、ほどほどの成功しかおさめていない。この分野では、引き続き人間の方がコンピュータをアウトパフォームしているのだ.

Google, LastFM, Facebookのようなウェブサービスが成功したのは、圧倒されるような情報供給量の中から選別して、適切な洞察を提供するために、明示的であれ、暗黙であれユーザーによるインプットをうまく使っているのだ。。Googleは検索結果をフィルタリングするために、インバウンドのリンクを使っている。

LastFMは音楽をレコメンドするのに趣味の同じような人々を使っている。Facebookは関係性の力によって、情報にふるいをかけている。そこでこれらのサービスのユーザーは消費者であるだけではなく、サービスを創造するために不可欠の参加者でもあるのだ。

これらすべてのサービスのフィルタリング技術がうまく機能するためには大規模なユーザー層が必要となる。サービスの制作者に対して、何らかの支払をすべきかということも、何らかの負担をさせるべきかという議論もともにあまり意味はない。

Freeについての論争のどちらの側も、ウェブ上の供給者と消費者の間の関係がどれほど根本的に異なっているかを認識していないように思われる。そもそもサービスはFreeで提供などされていない。

ユーザーと、データ、コンテンツ、メタデータなどの原材料の作成者の間で一定の価値の交換が行われているのだ。そしてその過程でデータを洞察に転換するネットワークが存在している。この交換は、ひきつづき基本的な経済法則によって支配されている。しかしその取引通貨はお金ではなく、Attentionなのである。

Attentionをつかみ、それを洞察insightに転換するネットワークは従来型の企業ともかなり異なった組織である。

彼らが提供するサービスは、企業というよりは政府から我々が期待するタイプのものである。

Craigslist, Facebook, Twitterはすべて頑健で、安定し、信頼性の高いインフラ(ホスティング、帯域)、セキュリティ、安全性、問題解決を提供している。(少なくとも提供しようとしている。)これらの3社の場合には、ユーザーが創造し、消費する製品は、そもそも、この環境そのものから出現するのである。

希少な資源が、時間、関心、関連性、洞察の組み合わせであるような世界においては、これらのコモディティは従来型の通貨とパラレルに共存している別の交換媒体によって交換されるので、そういったプロセスにおいて何の役割も果たしていない企業が消費者に対して何を要求しようかなどという議論をしても、今日、本当に起こっていることは解明できないのである。

こういった論点の中で、より興味深いのはソーシャルネットワークにとっての適切な経済モデルは何かというものだ。ソーシャルネットワークは、その参加者の貢献に依存しており、人々がそれを利用すればするほど価値が増大する。これらのソーシャルネットワークの経済モデルはヤフーというよりはCraigslistに似ているといえるかもしれない。

Craigslistの収入は1億ドル以上と推定されている。

ヤフーの数十億ドルという収入規模には到底比較にならないが、Craigslistの従業員数はいまでも28名であるということを忘れてはならない。大幅な帯域を使い、サーバー費用がいくらかかったとしても、この会社のコストが500万ドル以上になるとは思えない。

Craigslistは数十億ドル規模の一行広告Classified Advertising 事業を崩壊させて(ひいては地方新聞業界を一掃し)素晴らしく利益率の高い1億ドルの事業にしてしまったのだから、おそらく我々は他のどの数億ドル規模の事業に対して同様なデフレ的影響が生じ売るかについて論じるべきだろう。

ウェブのラジカルなまでの効率性が、経済のより多くのセクターに浸みこんでいき、ソーシャルネットワークの参加者がお金の代わりにAttentionを交換するようになると、あらゆるレベルの政府の税収は激減することになるだろう。政府が、ソーシャルネットワークのより効率的なガバナンスシステムを学習し、より少ない費用でサービス提供を行うことができなければ、ただでさえ巨大赤字に悩む時代には、悪夢のようなシナリオになってしまう。(以上)


マルコム・グラッドウェルのFree書評
http://d.hatena.ne.jp/trailblazing/20090706/1246872097