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リンクドイン;企業は社員の越境をどこまで許せるのか

西村博之さんは、日本語のSNSが既存の日本語圏だけをターゲットにするのならば、成長機会は2000万人程度が天井なのだから、株式を公開して、無限の成長プレッシャーを受けることは、健全な経営という観点からは、きわめて面白くないことになるというロジックを近著で展開していたが、米国のSNSの動きは、彼のロジックならどう考えるのだろうか。

英語というPrivileged feature(特権的機能)を有するSNSには、その意味では成長の天井は低くはない。また、コミュニティの中で、自分というブランドをとにかく打ち出してきたいと考えるアメリカという文化の持つ熱のようなものも存在している。

西村さんは、SNSIPOというものに対して、そんなに批判的にはならないのだろうか。

アメリカのSNSで、最初にIPOするのではないかと言われていたのが、リンクドインだった。ただ、今回、ベインキャピタルというプライベートエクイティからの出資を受けて、株式公開というのは遠のいたようだ。ニューヨークタイムスのこの経緯についての記事。

http://www.nytimes.com/2008/06/18/technology/18linkedin.html

このリンクドインウェブサイトとしては、ぱっとしない。文章だらけで、文字も平凡な青色だけ、写真はほぼないし、ビデオに至っては一切存在しない。

プロフェッショナル向けのソーシャルネットワークのリンクドインは、このようにデザイン的には全く切れがない。エンタテインメント用のフェイスブックマイスペースとは違って、このサイトは、キャリア志向の、ホワイトカラー層がターゲットなので、社交というよりは人脈づくりという人々の集まりだ。

不況にもかかわらず、相変わらずシリコンバレーのコミュニティ型ウェブサイトへの注目は大きい。そういう一種のブームの中で、この退屈極まりないソーシャルネットワークスがついにスポットライトを浴びた。

水曜日に、リンクドインは、5300万ドルの資金調達を発表した。ボストンのプライベートエクイティベインキャピタルベンチャーズがメインの出資者だ。

今回の調達では同社は、投資家から、10億ドルの時価総額で評価された。このバカ高い評価額はニュースコープが2005年にマイスペースに対して支払った5億8000万ドルよりも高いが、昨年マイクロソフトが少数持分投資を行ったときに、フェイスブックに対してつけた150億ドルよりは若干低い評価となった。

今回の出資によって、噂されていた同社のIPOは先送りになった。ソーシャルネットワーキングが株式上場をするということは、最終的に、世間がこの分野を一つの産業として認知することを意味することになる。

リンクドインCEOのDan Nyeは、どちらかといえば、正統派ビジネスマンという風で、死んでも、マイスペースフェイスブックの従業員たちのようにビルケンシュトックのサンダルや、しわしわのTシャツなど着ないタイプだ。

そんな彼は次のように云った。

「公開することで、ただただ、むやみに4半期決算にふりまわされるようにはなりたくなかった。」

既に黒字と言われているリンクドインは、今回の出資資金によって買収や海外展開を行う。

「数千万人規模のビジネスのプロたちが、毎日、自分たちのスキルをより向上するために役に立つ、さまざまな、重要ツールを生み出していきたいと考えている。」とNye氏は語った。

リンクドインのユーザーの平均年齢は41歳で、ガールフレンド、パーティ、お祭り騒ぎの写真などでオンライン上に自分の存在感をしめしたいと考えるような年ごろではない。


こういった真面目なプロフェッショナル、パーティに行っても、壁の花になりそうな人々に対して、世のキャリアカウンセラーなら必ず言いそうなことを、リンクドインもアドバイスしている。

楽なかたちで人脈づくりをするにはどうしたらいいか。

ユーザーはサイト内に自分の履歴書を書き込んで、自分の同僚や事業上の知り合いたちとページをリンクさせ、それぞれのコンタクト先を相互活用することで、自分のネットワークを広げていくというアイディアだ。同社のサービスには、こういったプロフェッショナルたちが日常的に直面するビジネス上の問題を解決するための専門家探しのサービスが含まれている。

設立4年目のこのサイトは、明らかに反社交的である。1年近く、社内で激しい議論をしたあと、去年の秋になってはじめて、メンバーのプロフィール欄に写真を載せることを認めた。

このビジネスオンリーという戦略はうまくいきはじめている。

カリフォルニア州マウンテンビューに拠点を置くリンクドインの5月のユーザー数は、ニールセンオンラインによると、前年比3倍になっている。

メンバー数2300万人のリンクドインは、それぞれ1億1500万人のメンバーを持つ、フェイスブックマイスペースに比べると小さいものの、かなり急激な速度で拡大しているのも事実だ。

エンタテインメント志向のライバル企業が、外部からの収入増に対する過大な期待にこたえるべく、必死で広告収入を上げようと苦しんでいる。こういった競合他社に比べると、リンクドインの収益源は多様である。

この会社は、今年、広告収入として一億ドルを予想していた。しかし実績は、その4分の1程度になりそうだ。(リンクドインはマイクロソフトやサウスウェスト航空のような企業の広告をプロフィールページに載せている。)

他の収入源としては、プレミアムメンバーシップがある。これはメンバーが、他のメンバーからの紹介によらず、直接にサイト上のユーザーとコンタクトすることを可能にするというサービスである。

3番目の収入源は、企業側が、本人はまだ転職を真剣に検討していないが、きわめて有能な人々を見つけることを可能にするリクルートツールである。企業は、特定のスキルのある候補を探すために、あらかじめ、リンクドインにお金を支払う。するとこの企業に対して、この基準にあった人がリンクドインに参加するたびに、その情報が伝えられるという内容のサービスである。

リンクドインは収入源の多様化のためには、より根本的な戦略変更も辞さない覚悟がある。これまでのホワイトカラー個人をターゲットにするのではなく、企業向けの新しいサービスをどんどん拡大しようとしている。しかしこの戦略にはリスクもある。同社のこれまでのメンバーたちが、自分の上司に気づかれずに、リンクドインのネットワークを活用することに魅力を感じていたはずだからだ。

Company Groupsという新しいサービスと使うと、企業はリンクドインを利用している自社のすべての社員をプライベートなウェブフォーラムに自動的に集めることができるのだ。このフォーラムの中で、社員同士が、Q&Aを行ったり、新しい業界ニュースをシェアすることができることになる。

さらに、グループウェアとして、カレンダーの共有やプロジェクト管理ができるように機能追加を計画している。

会社の中に、埋め込まれている個々の社員たちの、ネットワークや、暗黙知、知られざる特技など、大企業が利用しきれていない情報の活用を可能にするというのが基本的なアイディアだ。

このサービスの試験採用をしている、デジタル広告代理店のアムステルダム駐在のスタッフが、リンクドインに属する同社の350人の同僚に、過去にテレビ制作会社とのプロジェクトの経験のある人と質問すると、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロンドンから即座にレスポンスがあったという。

「この機能を使って、ひとつの企業の社員が、全社的に、一定のセキュリティが担保されている空間で、お互いに話し合い、外部情報のレファレンスを取ることができることになるのだ。」とリンクドインの創業会長Reid Hoffmanは言う。

ただこういった機能が企業によって受け入れられるためには、こういった企業がさまざまな不安を克服する必要がある。

企業の中にはリンクドインのサーバー上で機密情報が閲覧可能になるということ自体に抵抗感を感じるものもいるはずだ。辞めた従業員がリンクドインの履歴書を更新していないため、機密情報が辞めた人間にまで漏洩するリスクを懸念したりするかもしれない。(リンクドインは、企業グループのすべてのメンバーは元従業員や不法侵入者とみなした人間を除去できるとしている。)

サイトの目的が散漫になることに反発するユーザーもいる。

「企業用のツールとして売り込みながら、自己中心的なフリーエージェント社会のMeブランドのプロモーションにも役に立たせるには、かなり厄介なバランスが必要になるだろう。」と、元リンクドインの経営幹部で、今は、ソーシャルネットワーク用アプリケーションメーカーSlideのVPであるKeith Raboisは言う。

Bain CapitalのパートナーのJeffrey Glassは、リンクドインへの出資理由は、同社のサービスが、すでにかなり有名になり、潜在顧客である、企業、大学への売り込むことが可能になったという状況判断に基づくと述べている。

「これはパワフルなツールだ。これまで企業の内部に埋もれていた、個別社員の持つ大量な知識や人脈を企業として活用できるからだ。」

この新しいサービスによってリンクドインはライバル企業との差別化をはかることができるかもしれない。

急激に拡大するソーシャルネットワーキング企業を長い間、欲しがっているマイクロソフトは、自社内でもタウンスクエアという、企業内で社員同士がそれぞれの活動をフォローできるようにするサービスの試験運用を行っている。

SNS最大手のフェイスブックもプロフェッショナル用のネットワーキングツールが有望な成長機会とみなすようになった。このサイトは最近、ユーザーの選択肢の中にネットワーキングを付け加えた。

フェイスブックの創業に関わったリンクドインのHoffmanは、こういった競争の脅威を甘く見る気はまったくないが、フェイスブックがエンタテインメント用からビジネス用に展開することはそれほど容易ではないと述べている。(以上)

これまでのSNSが個人が生み出すネットワークを中心としていたのに対して、リンクドインは、企業という境界を社員という個人がどれだけ越境していくかという、別のベクトルとダイナミズムを持っている。事業として黒字になることを目指している分、彼らの戦略は、投資家や市場が理解しやすいように語られている。その分、まさに退屈だ。グループウェアのちょっと変わった新型バージョンのようなところには何の魅力も感じない。

しかし、企業が、個人に自由を与え、生産性を高めながら、どのように、その越境性(反企業性)を、自社の企業価値に回収できるかという社会学的関心からは、リンクドインというのは、それが成功するにせよ、失敗するにせよ、きわめて、興味深いケーススタディになるだろう。