僕はマニュアルが苦手
父親は、機械好きで、新しいカメラやファックスやワープロを買うと、早速、マーカー片手にマニュアルを書斎でじっくりとみるタイプだった。僕はマニュアルをじっくり読むというのがダメでとにかく無理やり使ってしまう方で、子供のころは良く父親に説教されたものだった。
世の中のアプライアンスの構造がメカニカルなものから、コンピューター的なものやネットワーク的なものへ変化する中で、父親はお手上げな表情を見せるようになった。
とりあえず試行錯誤で、その類のものを使ってしまう僕に驚きを隠さなかった。
でも、これは、僕がコンピュータ的なものに詳しいからではなく、全般的にplug and play的な要素が強まり、ものごとはどんどん簡単になっていったからだ。
ノートパソコンに自分であらゆるソフトウェアを組み入れなければなかった頃の不自由さやフリーズした時の恐怖は今でも忘れない。いつからか平気で電源をぶち切るようになってしまった。
こういった、だらしないところは、ウェブサービスの利用者としても変わらない。ブログを始めても、ツイッターを始めても、その本質的な書きこむ機能はわかっても、それぞれのサービスが持っている表現のプロトコルはいつまでたっても身につかない。
トラックバックでも、ツイッターのリプライの仕方などもどうもよくわからない。見よう見まねで試してみるが、最後は、本質機能だけを不器用に貫くことになってしまう。
そんなことで、不器用に書き続けているのだが、そのあたりで気づかぬ無礼を冒してるのかも知れないという不安がたまによぎる。しかし、他意のないことだけはわかってほしいと思う今日この頃だ。
ツイッターを見ていたら、マイケル・ジャクソンと、ファラ・フォーセットの死が告げられている。