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濱野智史 「アーキテクチャーの生態系」

社会科学の領域で、アーキテクチャーという概念が注目されるようになって久しい。この概念を有名にしたのは、米国の憲法学者ローレンス・レッシグだ。彼の定義によれば、アーキテクチャーの特徴は、「規制されている側がその規制(者)の存在自体に気づかず、ひそかにコントロールされてしまう」というものである。

この概念を使って、2000年代に登場したネットコミュニティやウェブサービスを分析しているのが、濱野智史さんという1980年生まれの情報社会論の研究者だ。彼の「アーキテクチャーの生態系」(NTT出版)は、グーグル、2チャンネル、はてなダイアリーミクシー、ユーチューブ、ニコニコ動画Twitter, セカンドライフFacebookなどのウェブサービスの成功や失敗の分析を、それぞれが採用したアーキテクチャの観点から、行っている。

特に、「繋がりの社会性」(北田暁大)と呼ばれる、日本の社会特性を、アーキテクチャーの中に巧妙に組み込んだサービスだけがユーザー数の増加に成功しているとみている。

我らが、はてなダイアリーについても、こんな分析を展開している。

はてなダイアリーも、米国のブログの特徴であるトラックバックという、自発的な相互リンクの仕組みに替わるものとして、「キーワードリンク」という文中のはてなダイアリーキーワードが自動的にリンクされる仕組みを導入した。

哲学者の東浩紀のこんな引用が、その性格をうまく説明している。

「僕の考えでは、たいていのはてなダイアリーのユーザーは、最初は自分のダイアリーページしかつくらないつもりなんですよ。でも、日記を書いていると、いつのまにかキーワードを介して半ば強引にはてなコミュニティ全体へと結びつけられてしまう、自分のページだけを作っているつもりが、あちこちが勝手にハイパーリンクになっていて、それらをクリックするとキーワードが載っている。そしていろいろ見てまわっていると、自分に納得のいかない解説が書いてあるキーワードが載っている。そしていろいろ見てまわっていると、自分に納得のいかない解説が書いてあるキーワードを見つけるわけです(笑)。すると、これを直すにはどうしたらいいんだろうというモチベーションが生まれて、キーワードの修正や作成へと自然に誘導されていく。そういう過程は実際に機能していると思いますが、この誘導方法はかなり優れていると思うんですね。」

たしかにアメリカ人が、自分の固有名をさらして、平気でどんどんネット上でコミュニケーションしていく姿は、べたな日本人である僕には、違和感がある。

創業者の近藤淳也さんはこのあたりをもっと明確に意識して設計を行っていたようだ。

「米国発のブログの最大の特徴はトラックバッグです。参照した人のブログに『あなたの記事を参照しましたよ』ということを伝える機能で、これによってサイトが相互につながってコミュニケーションが生まれています。(中略)

日本人は知らない人に気軽に声をかけるのはどちらかというと苦手ですよね。トラックバックは、面識のない人に対する明示的、意識的なリンクです。例えば電車でたまたま隣り合わせた、自分と同じ本を読んでいる人に議論を持ちかけるような感覚と言えるかもしれません。

はてなダイアリーは文中のキーワードから、同じ言葉を使ったサイトにリンクがいわば勝手に作られるので、意識しないでも他人と関係が成り立つ仕組みになっています。知らないうちにこっそりとリンクをつけてあげている、という形なので内気な日本人に向いています。結果的にこのあたりの微妙な「間」が、日本のユーザーに受け入れられている理由の一つだと思います。」

ミクシー、2チャンネル、ニコニコ動画、違法とされたウィニーにしても、こういった文化の翻訳という部分をアーキテクチャー上織り込んでいるため、一定の成功を収めたというのが濱野さんの見立てである。Twitter, Facebookがおそらく日本ではさほど成功しないだろうという点も同じ思考枠組から導き出されている。

起こっている現象の是非という観点から離れた、分析はシャープで、実際のインターネットユーザーである自分にも腑に落ちるものだった。